2007年02月19日

コメント欄(本題とは無関係ですが)

使っていない掲示板への書き込み(スパム)がうっとうしいので、しばらく前に書き込み禁止にしていたら、コメントも書き込めない状態になっていたのに今日気がついた。なんだか不自由な設定だなあ。
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2007年02月16日

電池復活!

iBookのバッテリーが消耗して寿命を迎えたらしいということを少し前のエントリーで書いた。残念だけど2年はまあ文句の言えない長さだろう。
間もなく(といってから長いが)PCを替えるわけだからもう構わないといってもいいのだが、それでもバッテリーを交換したらいくらぐらいになるのかを検索してみた。こういった消耗品は値段が下がらないもので、あいかわらずけっこう高い。セルの交換というのもあって、こっちの方が3割ほど安く上がる。セルの交換の場合、古い電池を送りつけることになる。同じ送るのなら純正品の方がいいかなと思った。現在のサードパーティ製の電池に交換する前に入っていたもともとの電池が、そのまま捨てることもできずに引出しの奥に眠っていたのだ。この電池を取りだしたとき、ふと思い付いてiBookにとりつけてみた。もちろん、電池は空っぽで、最初は電池があることを認識さえしないような状態だった。それがそのうち認識されるようになり、充電が完了。けれど、電池で使ったらものの10分ももたずに放電してしまった。ダメなものはやっぱりダメらしい。けれど、なんとなく未練が残って、充電と放電を繰り返してみることにした。すると、3度目ぐらいになって、バッテリが復活したのだ。なんと、バッテリだけで2時間半も稼働した。それも、画面の明るさを最大にするかなり電池を消耗する使いかたでこの時間だから、完全復活といってもいいだろう。ふつう、バッテリが生きている状態で、画面の明るさを最低に保ってモバイルで使って、このiBookはだいたい3時間もつ(14インチタイプだと4時間なんだが、12インチは電池も小さいせいか稼働時間も短い)。だから、2時間半の稼働は立派。10年も前には、バッテリの履歴についてけっこういろいろといわれたものだった。最後の最後まで使いきらないと、履歴が残って寿命が短くなると。しかし、最近の電池では、使いはじめにちょっとポイントはあるものの、基本的に履歴は気にしなくてもいいことになっている。逆に言えば、履歴を消すような努力(今回のように完全放電と充電を繰り返す)では電池は復活しないことになっている。しかし、現にこの電池は復活した。やはり、履歴なのだろうか? よくわからない。それについて、思い当たることがないわけではない。というのは、もともとついていたこの電池、私の前の所有者はほとんどモバイルをしなかったから、電源につなぎっぱなしで使っていた。基本的に電池が放電することは、コンセントのメインスイッチを入れ忘れたときぐらいしかなかったわけである。非常に浅い充電と放電を繰り返して消耗していった。だから、私が譲り受けた段階で、見かけの上では完全に寿命になっていたバッテリだったが、実際にはそれほど消耗はひどくなかったのかもしれない。だからこそ、昔懐かしい放電と充電の繰り返しで復活できたのかもしれない。もうひとつ、MacOSを使っていたときには、実は「完全な放電」は実質的に不可能だった。というのは、バッテリで駆動していると、バッテリ残量が一定値以下になると、自動的にスリープにはいってしまうからだ。スリープ状態での使用電力はわずかなので、実質的にこの状態ではバッテリの放電は進まない。だから、「最後まで使いきる」ことができないわけだ。Ubuntuの場合、バッテリ残量が少なくなってスリープに入るかどうかは、gnome-power-managerを使って自分で設定できる。スリープせずにシステムが落ちてしまうまで使いつづけるという設定もできるわけだ(残り何%でスリープに入るのかというような細かい設定も、「設定エディタ」を使えば設定できる)。もちろん普段はMacOS同様に残りが少なくなればスリープするように設定しているのだが、使いきろうと思えばこの設定を変えることで使いきってしまうことができる。だから、電池が復活できたのは、Ubuntuのおかげといっていいのかもしれない。それとも、2年も手を触れずに放っておいたことが案外よかったのだろうか。難しいことはよくわからない。それに、復活した電池が、実際にあとどのくらい使用に耐えるのかもわからない。でも、とりあえずは素直に喜んでおくことにしよう。そうそう、この「完全放電と充電」を、先日消耗したばかりの電池にもやってみたけれど、こっちは復活しなかった。消耗の度合がちがうからなのか? それともこの電池も2年も放っておいたら復活するのだろうか。わからない。
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2007年02月15日

Dilloには気づかなかった。

私の仕事はさまざまな半端仕事が絡んでくるのでそのときどきによってやっていることはずいぶんちがうのだが、ここしばらくはかなり大分量の翻訳にとりくんでいる。ということで、使うアプリケーションとしてはワープロかテキストエディタ、それにブラウザが主要なものとなる。ワープロは翻訳文を入力していくためのもので、ブラウザは調べ物をするためのものである。調べ物でつかうのは、実際には半分は辞書サイト、半分はGoogleなどの検索エンジンである。その中間的にWikipediaなどの半ば辞書、半ば検索といったサイトもちょくちょくと使う。以前には翻訳といえば辞書を机の上に積み上げたものだが、現在では滅多に辞書を開くことはない。その代わりに使うのが辞書サイトで、これは申し訳ないと思いながらほとんどを英辞郎の御世話になっている(いつかEDP会員になって御恩返しをしますから…)。ここで調べがつかないときや情報が不足するときには、検索サイトに移る。ということで辞書サイトの利用が過半を占めるのだが、そのときに重要なのはサイトがきれいに表示されることではなく、素早く結果が表示されることである。レイアウトが崩れようと画像表示が出なかろうと、とにかく訳語がすっと出てくれればいい。実際、Macintoshをあきらめた理由のひとつが、こういった辞書サイトの再描画にかかる時間が長すぎるということだった。同じFirefoxでもUbuntuのほうがすこし早いのでその点だいぶ助かってきたが、本当はもっと早い方がいい。そこで画像表示をオフにするなどの工夫をしたこともあったが、そうすると今度は辞書サイトで調べがつかないときに検索サイトで情報収集する際、不便になる。いちいち設定を切替えるのも面倒だ。そんなとき、ひょんなことからDilloというブラウザを知った。いや、以前にも一度試しにインストールしようとしたことはあったのだが、JavaやSSLはおろかフレームにも対応しないということで「使えないや」とやめていた。けれど、辞書サイトを見るだけなら、それでもかまわない。そして、評判によれば「非常に早い」。だったら試してみるかとインストールしてみた。確かに早い。辞書サイトなら、一瞬で、結果が帰ってくる。これはいい。もちろんこのブラウザで検索サイトを見ると、検索結果まではよくても、そこから先の情報の取得に問題が出てくる。アプリケーション内の文字は化けているし(いっそ英語ならいいのに、中途半端に日本語化されていて、その日本語が文字エンコーディングの問題で化けてしまっている)、やれることがあまりないから、メインで使うには無理がある。しかし、辞書専用で使うなら、これは仕事の効率を上げてくれる。思わぬ盲点だったが、ブラウザを2種類併用するというのは、案外と正解かもしれない。おもしろいのは、このDillo、携帯にも対応していて、発信元の情報を携帯から閲覧しているように変えることができることだ。「このサイトは携帯から御覧ください」としてシャットアウトされていたサイトにも、アクセスすることができる。これは場合によっては役立つかもしれないな。
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2007年02月14日

PPCサポートの終了(続報)

昨日書いたUbuntuのPowerPCへのサポート終了について、詳しい記事があった。
http://www.linux.com/article.pl?sid=07/02/13/1943218
予算がないから次のバージョンからはPPC版は「非公式」バージョンとなるということ。完全になくなるわけじゃなく、公式バージョンから除外される(つまり有料サポートの対象から外されるのと、セキュリティアップデートの配布なんかでたぶん差がついてくるのだと思う)。将来的に予算がついたらPowerPCへの対応を復活させる可能性はあるというのは、まあゲーム機なんかを睨んでのことでしょう。まあ、このブログも公式には終わったようなものだけど、過去の記録は残るわけだし、それにはそれなりの価値はある。それに、今後も多少はオマケ的なエントリーが入っていく。Ubuntuそのものとなんだか似ているよなあ。
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2007年02月13日

またも、少数派の悲哀

きちんとした出所を確認していないのであくまで噂に過ぎないのだが、Ubuntuの次期バージョンから、PowerPC(つまりはIntel Mac以前のMacintosh)のサポートが外れるらしい。現行のバージョン(6.10)のサポートはしばらく継続されるとはいえ、PPCはLinuxからも見放されていくらしい。もちろん、全体的な流れでは、おそらくPPCへのLinux対応は今後も進展していくだろう。それはPS3やWiiなどのゲーム機がPPCを採用しているからだ。こちらの方面の動きは今後も目がはなせない。しかし、Appleの一世代前のMacintoshは、どうやらいったん退場を宣告されてしまったらしい。Ubuntuのフォーラムを初めてのぞいたとき、「マイナーなMacintoshユーザーの中に、それ以上にマイナーなLinuixユーザーがこんなにもいるんだ!」とびっくりしたものだったが、それでも大きな流れの中では、やっぱり「少数派の中の少数派」ということになってしまうようだ。残念なことだけれど、私自身、もうじきPCへ移行するということで、この流れに巻き込まれてしまっている。時代には抗えないよねえ。
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2007年02月09日

PCでXubuntu

このブログ「MacintoshでUbuntu」をもうじき終わりにしようと思っているのは、もうすぐ中古のPC機に乗り換えるからだ。OSはXubuntuを予定している。そうなったら「PCでXubuntu」にタイトルが変わってしまうのだが、それでは何の面白みもないから、趣向を全く変えて新しいブログを作ろうと思っている。いちおう、新しいサイトを用意した。http://rblog-tech.japan.cnet.com/xubuntu/この中古PC(Dell製)、諸事情が重なりに重なって予定から1ヶ月遅れてもまだ私の手元には届かない。おそらく今月末か来月頭には届くだろう。そうなったらこの新しいブログを本格稼働させるのだが、そういうことなのでまだ試運転状態である。いやはやタイミングは難しいものだ。
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2007年02月07日

オープンソースの力?

昨日書いたファイル復旧ソフトのPhotoRecであるが、見事にその役割を果たし、失われたファイルのかなりの部分を復旧することができた。ファイルのサーチにかなりの時間を消耗したが(途中で寝てしまったのでわからないが、たぶん数時間)、有償のソフトではすっかり文字化けてしまっていたり開くことができなかったファイルが、ちゃんと読めるような形で保存されていた。残念なのはディレクトリ構造が失われ、ファイル名もすっかり書き換えられてしまったことで、数千個もあるファイルからどれが必要なものか選り分ける作業をしなければならないことだ。このあたりは商業的なソフトの方が成績がよかったが、読めないファイルを復活されても意味はないので、やはりPhotoRecに軍配を上げるべきだろう。今回はたまたま相性の問題だったのかもしれないが、こんなふうにオープンソースのフリーのソフトの方が販売されているソフトよりも優秀なことが少なくない。なぜそうなるのかはプログラマにでも聞かなければわからないが、事実として商業的なソフトの方が優れているということはない。オープンソースか否かは、ソフトの品質とは無関係な属性のようだ。考えてみたら、私がUbunutuを使っているのも、それが「タダ」だからというのが第一の理由ではない。第一の理由は、もともと使っていたMacOS(10.2.8)よりも早いからということだ。コストで選んだのではなく、パフォーマンスで選んだらこうなった。それがオープンソースの力なのかどうなのか、実際のプログラミングのわからない私には確としたことはいえない。けれど、そうだという議論があったら、その傍証ぐらいにはなるだろうと思う。
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2007年02月06日

削除ファイルの救出

これはWindowsの話題になってしまうのだが、うっかり削除すべきでないファイルをバックアップの手順を間違えて削除してしまった。その失敗は取り返しがつかないのだが、多少でも状況を改善するために、ファイル復旧ソフトというものが各種出回っている。Windowsのフリーソフトのアーカイブであるvectorで検索したらいくつか出てきた。いずれも有料のものだ。とりあえず試用版をひとつダウンロードしてみた。ディスクにサーチをかけると、削除したファイル名が全部出てくる。ほっとして数千円を払って正式に登録し、さて復旧してみると、復旧したファイルはほとんどが壊れていて話にならない。がっかりしてしまった。そんなことからふと思いついて、Linuxで復旧ソフトがないかどうかsynapticで検索をかけてみた。すると、けっこうある。そのうちのいくつかはLinuxのファイルシステムでしか作動しないようだが、Windowsのファイルシステムでも動作するものもある。Mondoというのはよさそうだが、あいにくとPPC版がない。PhotoRecというのは使えそうだということでサイトに行ってみたら、Windows版やMac版もある。今回の事故はWindowsでのことだから、Windowsでこれを使ってみようと思う。有料の復旧ソフトは、回復できなかったときの「金返せ!」という腹立たしさが付きまとうが(もちろん復旧ソフトで完全な回復などできはしないというのは最初からわかっているのだが)、Linuxのオープンソースならそんな不愉快さは味わわずに済む。たとえ復旧がうまくいかなくても、精神衛生にはいい。まあ、こんなところでフリーソフトの効能をいうのは邪道なんだけれど。
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2007年02月05日

バッテリーの寿命

このiBookを譲り受けたのは2年と少し前、その段階で、既に3年使われていたバッテリーは寿命が尽きていた。バッテリーで駆動させようとすると、5分ももたない。これでは使いものにならないと、サードパーティ製の電池を購入した。わずか3年でもう、純正のバッテリーは姿を消していたのだ。まあ、どうせAppleだって自社で電池を作っているわけではないから、純正品にこだわることはない。電池の寿命は、使い方によって変わってくる。なんでもリチウムバッテリーは、使いすぎても使わなくても、寿命が短くなる。まあ2年ぐらいが目処だろうと新しい電池を買ったときに使用説明書を読んで考えた。そして、その2年が過ぎて1ヶ月たたないうちに、急速に電池で動く時間が短くなった。やっぱり寿命がきてしまったのだ。今度もらうことになっているラップトップは、モバイルには少し重すぎるいわゆるデスクノートだ。だからこれからもモバイルではiBookを使いつづけようと思ったのに、残念だ。たかが電池、されど電池。やれやれ。
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2007年02月04日

Gnashはとりあえず削除

バックポートからGnashをインストールして「Flashが見える!」と喜んでいたのだが、いったんGnashは削除することにした。おそらく私のシステムのメモリが十分でないことと関係するのだと思うのだが、まだ十分に完成しているとは言いがたいGnashを使用していると、頻繁にFirefoxが落ちてしまうからだ。ときにはデスクトップ環境そのものが落ちてしまったり、ひどいときにはシステムが制御不能になってしまう。これでは仕事に差し障る。Flashが見えることのメリットと仕事が止まってしまうことのデメリットを天秤にかけて、とりあえずもとの安定した環境に戻すことにした。削除して数日たつが、削除してからは快調だ。やはり基本機能がしっかりしていることがいちばん。もう間もなく新しい(中古の)ラップトップに乗り換えるので、このiBookの環境に手を入れることもないのだが、そうはいっても日常の仕事には差し支えないよう、最後まで任務を全うしてほしいと思っている。このブログは、私がiBookを手放すときに終わる。「MacintoshでUbuntu」というテーマからいって、それ以上書くことがなくなるからだ。ただ、おそらく来週にも行う新しいハードウェア(Dell製)への移行後も、少しは書くテーマが残っている。それは、新しい環境に移行したら、使わなくなったこの環境で、MacintoshとのデュアルブートやXubuntuのクリーンインストール、Edubuntuなどを試してみたいからだ。それらをひと通り試し終わったところで、このブログはめでたく終了となるはずだ。ただ、私とLinuxの付き合いは始まったばかり、これからまだまだ面白くなっていくと思う。だから、場を変えて新しいテーマで、新しいブログを書き綴っていこうと思う。現在その準備中。新しい場が決まったら報告しますので、是非そちらでもよろしくお願いします。
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2007年01月10日

さよならMacintosh

Appleのスティーブ・ジョブスというおっさんは、本当にただものではないと思う。称賛を書き連ねたら長くなるのでそれはやらないが、つねづね敬服してきたヒッピーだ。それを改めて思ったのは、恒例のMacWorldの基調講演だ。これは、大方が予想した通りのiPhoneの発表で、予想通りという意味では実にアンチクライマックスな、「なあんだ」という結果だった。しかし、その反応は物凄い。当初、「アップルがいくらがんばったって、所詮ケイタイはシロモノ、もう付加価値なんてないよ」と評論家連中は予想していたのに、実際の発表を聞いたらそんな冷やかな見方は一気にふっ飛んでしまった。これでAppleが携帯電話のシェアを一気に獲得するとは思えないが、iMacがそうだったように、携帯電話のデザインや機能に巨大な影響を与えることはまちがいないように思う。
だれもが予想することをやって、それでなおかつ驚きを与えることができる役者は、本当の真打ちだといっていいだろう。
もうひとつ、個人的にいやはや凄いと思うのは、恒例だった「one more thing...」をやらなかったことだ。誰もが期待するもちネタをあっさり捨てることができるのは、やっぱり並の芸人にはできない。地獄までいって帰ってきた男は、根性がちがう。

しかしまあ、私はジョブスのファンではあっても、携帯電話に興味はない。音楽に興味はあるが、iPodにもiTuneにも興味はない。唯一Appleの製品で興味があるのは、Macintoshだ。だが、今回はMacintoshについての発表は、基調講演では聞かれなかった。その代わりに発表されたのは、Appleの社名からComputerの字が消えることだった。
もちろん、Appleはこれからもコンピュータを作りつづけていくだろうし、新製品の基礎として強調されたのはソフトウェアだ。iPhoneを支えているのもMac OSXである。その根っ子にコンピュータの技術があることはまちがいない。しかし、たぶんAppleは、パソコンにはもうあまり将来性を見出していないのだろう。ケータイ以上にシロモノだと見ているのかもしれない。一定の市場はあるし、一定の技術革新はそこで進んでいく。けれど、技術革新を引っ張っていくプラットフォームとしての機能は、もはや果たさないだろうと思っているのではないか。

ある意味、AppleはMacintoshにさよならを告げたのだろう。ジョブスは講演でApple TVに触れて「PCからでもMacからでも」といい、続けて「私ならもちろんMacですが」といったそうだが、それはもうほとんどジョークに聞こえる。彼にとっては、パソコンのプラットフォームはPCでもMacでも構わないのだ。パソコンは既に汎用品の域に達しつつある。

そして私も、Macintoshにさよならといおう。半年あまりに渡ってUbuntuを使ってきて、それが決してMac OSにひけをとらないことを知った。おそらく私にとっては、Mac OSのほうがほんの少しだけ、嬉しいに違いない。けれど、それは大した違いではない。
以前のように、Macintoshだけが優れたOSだとは思わない。どのOSもそれぞれに優れていて、そのなかでWindowsはちょっとだけ馬鹿で、Macintoshはちょっとだけ手に馴染んでいるというだけの話だろう。だから、無理にMacintoshを使わなくったってどうにかなる。ひょんなことから、もうじき中古のPCノートが手に入ることになった。中古ではあるけれど、2年たたない機種だから、いま使っている5年前のiBookよりもはるかに早い。こいつにUbuntuを積んで、乗り換えるつもりである。
新品のMacBookを買うまでのつなぎと思って使いはじめたUbuntuだったが、どうやらこれに落ち着いてしまった。次の機械ではたぶんXubuntuになるとは思うが、いずれにせよ、ハードウェアの面でも昔懐かしいMacintoshに別れを告げてしまう。とても淋しいことだ。Macintoshユーザーとしてのアイデンティティを捨てねばならないのだから。しかし、尊敬するジョブスでさえ、「one more thing...」という古い芸を捨てたのだ。慣れ親しんだものを捨てるのは、恐怖でさえあるが、一歩を踏み出そう。それでこそ、いちどはMacintosh信者であった者の矜持ではないか。
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2007年01月07日

ついに来た! Gnash

Macintosh上でUbuntuを走らせるようになって、最後まで残っていた最大の懸案のひとつ、Flashが見えない問題が、やっと進展した。Gnashがインストールできたのである。このGnash、まだバージョンは0.7そこそこで、完全な動作まではいかないが、それでも実用には耐える程度まで動画も音声も再生してくれる。ようやくこれで、ブラウジングに関しては他のOSに見劣りがしなくなった。実のところ、昨年秋からGnashが実用に耐えるという話はフォーラムで聞いていた。けれど、その段階ではコンパイルが必要だった。コンパイルされたファイルも出回っているにはいたが、私の環境と知識ではインストールできなかった。それが、今日フォーラムを覗いてみたら、synapticでインストールできるという。早速やってみた。ただ、これには多少の裏技が必要だった。設定のメニューのレポジトリというところから、「バックポートを含める」という項目にチェックを入れ、再度リストを更新してやらねばならなかったのだ。バックポートの意味がなんなのかわからないが、おそらくこれは、開発途上の推奨されないファイルを含めるということなのだろう。こうやって、あとはいつものように検索で見つけたgnashのファイルをインストールして、Firefoxを再起動すると、「やった!」これまで見ることのできなかった動画、いじることのできなかったフラッシュのボタンやタブがちゃんと動作するようになったのだ。もちろん、ところどころにおかしな部分がないわけではないし、本来のFlashよりは時間がかかるようではある。それでも、これで検索の結果たどり着いたページでそこから先に進めずに泣かねばならないということはなくなった。Ubuntuの素晴らしいところは、できないことでもいつかどこかで誰かががんばってくれることを期待できることだろう。私はそれにタダ乗りをしているだけか? いや、こうやって利用する一般ユーザーがいてこそ、開発者の意欲も上がる。OpenSourseとはそういうものではないだろうか。
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2007年01月05日

フォーラムの責任?

Ubuntu公式サイトのフォーラムにはたびたびお世話になっていて、その後たいしたトラブルがなくなってからもときどき覗いている。こうやって他の人の書き込みを見ていると、たとえば、firefoxがよく落ちる現象などは私だけに特有なものでなく、どうやらそれがflushのプラグインに関係しているらしいことがわかる。ひょっとしたらプラグインが競合しているかもしれないので、今度チェックしてみよう。そんなふうに、先日もログインしてみたら、「未読メッセージがあります」という表示に気がついた。あれ?と思ってそこをクリックしてみたら、ずいぶん前に私が書き込んだことについて、質問のメールがきていたのだった。こんなところにメールボックスがアルトは気づかず、ずいぶん長いこと放置してしまった。慌てて返事をしたが、なんとも間抜けな話だ。フォーラムに参加するということは、双方向のやりとりを行う責任を負うことでもあるようだ。書きっぱなしの無責任な態度ではいけない。どこかの国の掲示版は、中傷誹謗が満載され、おまけに関係のない書き込みが横行する。しかし、Ubuntuのフォーラムでは、そんな態度を見たことがない。それぞれ個性はあってぶっきらぼうな人や冗談のきつい人もいるが、全体的に丁重で礼儀正しく質問をぶつけあっている。
こういうユーザー同士の交流が保証されている点では、Ubuntuのような無償のOSのほうがかえってMacintoshやWindowsのような有償のOSよりも優れているのかもしれないと思うこのごろである。
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2006年12月26日

またもPPCユーザーの悲哀

Second Lifeというのが話題になっている。私はゲーマーではないのだが、こうあちこちで面白いという話を目にすると、気になって覗きたくなる。これは、かなり高スペックなパソコンを必要とするらしいが、とりあえずのぞくぐらいならできないことはないだろうと思ってサイトに行ってみた。WindowsとMacintoshだけでなく、ちゃんとLinux用のクライアントもあり、さてダウンロードと思ったら、案の定というか、やっぱりPPCには対応していない。結局、覗き見さえかなわないということになった。Ubuntuのサイトに行って気がついたのだが、これまでMacintoshユーザー用となっていたPPC対応のUbuntuが、Macintosh/IBM他のPPCユーザー用となっている。つまり、MacintoshがIntelに移行して、PPCユーザーの本命がこれからMacintosh以外のPPC機に移っていくことを示しているのだろう。そして、Macintosh以外のPPC機といえば、なによりもまずあげられるのがPS3だ。こういったゲーム機へのインストールを視野に入れて、PPC版のUbuntuは開発が続けられているに違いない。だとしたら、こういったゲーム用のサイトでPPCユーザーを締め出すようなプログラムを配布しつづけるのはいかがなものかと思うのだが…。
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2006年12月21日

アプリケーション・スパム

今回は、MacintoshともUbuntuとも関係のない話。インターネットを始めたころ、自分のメールアドレスを公開することにはなんのためらいもなかった。これは、私がインターネットの利用を仕事の必要上から始めたからで、事務所の所在地や住所を公開するのと同じ業務上の必要からだった。最初のうちはそれでなんの問題もなかった。ところが、1999年頃からだと思うが、さかんに不審なメールが届くようになった。最初のうちはいわゆるウィルスの発信したメールが多かったが、そのうちに宣伝や詐欺的な勧誘を目的としたいわゆるスパムに主流が移っていった。Macintosh使いということであまり感染の心配はなかったから、危険性の低いものについては最初のうちは面白がって読んでいたし、奇妙な文面にそれなりに楽しんでいたりもした。ところが、この数が増えて毎日、あるいは1日に十通を越えるようになってくると、笑ってばかりもいられない。最終的には、やっぱりメールアドレスは大切に扱わなければいけないという結論に達した。Web上に公開しておくのは愚の骨頂というわけだ。だから、プロバイダ変更に伴うメールアドレスの変更を機に、メールアドレスの公開は止めた。自分がメールを送った先のパソコンのセキュリティまではコントロールできないから、そういうところからウィルスによって流出するのだろう、スパムが完全に消えたわけではない。それでも、1週間に1通や2通の数える程なら、まあ実害はないといえる。メールアドレスを公開しないでも実務に差し支えないように、Web siteにはメール送信フォームを設置した。この効果は抜群で、以後、サイトからアドレスを収集したと思われるスパムは根絶された。ところが、先月、メールフォームから、どう見てもスパムとしか思えない内容のメールが送られてきた。最初のうちは、わざわざフォームに手作業でスパム的な文面を書き込んでくる暇な奴がいるんだろうと奇妙に思っていた。ところが、それから10日ほどして、また同じようなメールがフォームから送られてきた。と思ったら、今度は数日のうちにまた1通、それからはほとんど毎日、1週間ほど前からは毎日10通以上のスパムがフォーム経由で送られるようになった。これではたまらない。どうやらこれは、暇人が手作業でやっているのではない。そう気がついて検索で聞いてみると、どうやら送信フォームや掲示板フォームに自動書き込みするプログラムがあるらしい。こうやって送られるスパムを、アプリケーション・スパムというそうだ。私の使っているフォーム(の1つ)が、このアプリケーションスパムにつかまったらしい。これはもうお手上げなので、とりあえずフォームを入れ換えてみることにした。どういう仕組みで送られてくるのかはわからないが、Webページを経由して送られてくるのだから、そのページを削除し、別のページにフォームを設置すれば大丈夫だろうと思ったのだ。ところが、あいかわらずスパムはやってくる。どうやら別ページに設置したフォームも捕まえるらしい。しかたないので、送信フォームの使用を一時的に断念することにした。送信フォームのページを、一時的に全て削除したのだ。ところが、あいかわらずスパムが送られてくる。これには参ってしまった。どういうことだろうか? 既に送信フォームがないのに、その存在しないフォームからメールが送られてくるのである。ひょっとしてこれはフォームからの送信を装った偽装メールかと思ってヘッダを見てみたが、ヘッダの情報からだけでは、たしかに送信フォームから送られてきている。そこで、フォームといっしょにアップロードしてあるcgiファイルを削除した。これでようやく、スパムは止まった。送信フォームのメールは、サーバーにあるsendmailというプログラムを利用して送信される。cgiはこのコマンドを起動する。このcgiにデータを送るのが、htmlページ上のフォームだ。そういう理解に立てば(素人の私の理解は間違っているかもしれないが)、アプリケーション・スパムが取り付いたのはhtmlページの方ではなく、cgiのファイルの方だということになる。通常はこのcgiのファイルには外部からのアクセス権がないはずなのだが、どうやら、外部からこのcgiを利用してsendmailにコマンドを送るというハッキングを、このスパマーはやっている。なんとも厄介なことになったものだ。いつまでも送信フォームを閉鎖しておくわけにもいかないので、対策としてはこのcgiを別のプログラムに変更するしかないのだろう。実に厄介なことである。
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2006年12月17日

Thunderbirdの添付ファイル文書名の文字化け

先日、「添付ファイルの文書名を変えないでください」といわれて、「何も変えてないですよ」とすれ違いの論争になった。おかしいと思ってよく聞いてみたら、ファイル名が文字化けている。
調べてみたら、10月の半ば以降に文字化けが始まっているらしい。それで思いあたるのは、Ubuntuのアップデート時にThunderbirdもアップデートしていることだ。どうもこのアップデートがいけなかったようだ。そこでネットに聞いてみたら、やっぱりこの問題はあちこちの人が経験しているようだ。Thunderbird 1.5以降ということだから、以前のバージョンからそうだと思うので最近始まったというのはちょっと解せないが、あまり悩まないことにして、あるサイトに紹介されていた修正パッチを当ててみた。すると、問題は解決。事情に関してはあちこちに解説があったが、素人にはわからない。わからないながらも、また例によってMicrosoftの独自規格が問題だったような印象を受けた。いつもながらこれには悩まされる。データの引越しもOutLook(express)だけはデータ形式のせいで苦労するし、Wordの独自規格もうっとうしい。まったく困った巨人だ。
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2006年12月14日

帰れるのか、Macintoshに

先日、母親がMacintoshのことで教えてほしいことがあるというので、ひさしぶりにG4のiBookをさわった。パソコンのことなどいまさら詳しくなってもしかたのない高齢者の母親だからこそ、わたしは以前にMacintoshを奨めた。これは間違っていなかったと思う。ぼろぼろになりながらも、ともかく使いこなしている。これがWindowsだったら、ここにくるまでに何度もウィルスでダウンしていたに違いない。それはともかくも、ひさしぶりにMacintoshをさわると、指の動きがすっかり狂ってしまっているのに気がつく。コマンドキーの割り当てが違うのがおもな原因なのだが、右クリックの代わりにF12を使うのもすっかり無意識にするようになっていて、実際のところ戸惑った。将来お金ができたらMacBookでMacintoshの世界に復帰したいと思っていたのに、これで大丈夫なんだろうかと思ってしまう。それだけでなく、以前は「早いなあ」と思っていたG4(MacOSX10.3)が、もたついて感じられる。実際には私のG3+Ubuntuよりは早いと思うのだが、体感的に「こんな程度だったかなあ」と感じてしまう。これでは、Macintoshに戻れそうもない。将来Windowsユーザーになることはおそらくないだろうけれど、コストの問題もあるから、格安のPCを買ってUbuntuを積むということになるんだろうか。長年馴染んだMacintoshと離れるのはつらいのだけれど。最近、PCの値段を気にすることが増えてしまった。来年春頃には買えるかなあ。
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2006年12月12日

PageStream

ここのところあいかわらずブラウザとエディタ(ワープロ)があれば基本的に済んでしまうような仕事中心ではあるが、遠からずレイアウトソフトが必要になるのはわかっているので、なんとか解決策を見出そうとしている。OpenOfficeで代用するのは限界があるからだ。探索を続けていたら、有償のソフトではあるが、PageStreamというレイアウトソフトがLinuxに対応していることがわかった。デモ版もあるし、PPCにも対応しているから、ダウンロードしてみた。買うかどうかはともかく、何かヒントになるかと思ったのだ。ところが、これが解凍してもうごかない。どうも、terminalを開いて設定しなければならないらしい。そこまでやっても構わないのだが、いちおう私はそういう「正統派Linuxユーザー」のようなことはしない、あくまでGUIにこだわったコンシューマーユーザーを目指している。このソフトが旧来のIT知識バリバリのユーザーを念頭に置いているのなら、その時点で私は外れてしまうわけだ。せっかく見つけたソリューションだが、残念ながら削除ということになった。まだまだこの方面の探索は続く。
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2006年12月10日

PS3でUbuntu?

年末商戦のこの時期、ゲーマーでない私のところにまで、PS3やWiiの噂が聞こえてくる。MacintoshでUbuntuをやっている人間として、興味深いのはこれら2種のゲーム機がいずれも古いMacintoshと同じ系統のPowerPCベースのプロセッサを搭載し、しかもどうやらLinuxベースと見られるOSで動いているという点だ。なんだ、私と同じじゃないかと苦笑してしまう。しかし、PS3のプロセッサは、64bitマシンでクロック数もやたらと早い。これを仕事に使ったらずいぶんと楽だろうなと思ってしまう。ゲームをする気はないが、デスクトップPCとして1台購入しようかと思ってしまう。現実にPS3でUbuntuが走るかどうかといえば、成功した人もいるにはいるが、まだ安定したマニュアルはできていないという状態らしい。これに関しては、ほかのLinuxディストリビューションが先行している。しかし、こんなものは時間の問題で、そのうちUbuntuでも簡単にインストールできるようになるだろう。ただ、気になるのは搭載メモリが256MBと、近頃のコンピュータにしてはやたらと小さいことだ。ゲームをするだけならこれで十分なのだろうか。よくわからない。小型の専用機という性格上、おそらく増設は無理だろう。現状、G3のiBookでさえ256MBだと少なく感じるのだから、きっとこの点で使いづらさが出てくるのではないだろうか。好奇心は動くものの、結局はそこまではいかないだろうなあ。なにしろ、お金もないことだし。
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2006年12月04日

セッションの保存

以前、xubuntuをインストールしたらログアウト時に動作していたプログラムを覚えていてくれて便利だということを書いたことがあるが、実はこの機能、xubuntuやkubuntuだけでなく、ubuntuにもあった。システムの設定の「セッション」で「自動的にセッションの変更点を保存する」にチェックを入れておけばいい。そうすれば、次回の起動時に、終了時点で動いていたプログラムが起動する。これは同じ作業を継続しておこなうことの多い仕事サイクルにはいっているときには便利だ。そして、以前に「このプログラムは便利だが、エラーが起こったときには困る」と書いたのも、これで解決する。つまり、このチェックを外しておけば、素直に再起動してくれるわけだ。道具は使いようである。ただ、このプログラムを使っていると、当然ながら起動が終了するまでに時間がかかる。昨日、ちょっと慌てていてシステムの起動後、まだアプリケーションが起動し終わるまでにサスペンドしたら、次にスリープから復帰したときにエラーの嵐で参ってしまった。なかなか話は単純ではない。
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