2007年04月02日

Dilloとxmmsの文字化け解消!

あまり深入りするつもりはなかったのだが、先のエントリーにいろいろとコメントやトラックバックで教えていただいたので、自分でももうちょっと調べてみようかという気になった。その結果、こちらのサイトに解決方法が書いてあるのにたどりついた。この方法(/etc/gtk/gtkrc.ja.utf-8を作成)を試したら、xmmsだけでなくDilloの文字化けも解消した。みなさまありがとうございます。なお、このサイトの方法では、テキストエディタのviをコマンドラインから動かすことになっている。これは、管理者権限でなければ書き込めないところにファイルを作成するからなのだろう。こういう高度な(?)技は私には使えない。ふつうにGnomeのテキストエディタでファイルを作ったのだが、さて、これを/etc/gtk/に移動するにはやっぱりコマンドで「sudo mv......」と打ち込まないわけにいかなかった。こういうのを打ち込むときに指先が慄えるのは私だけなんだろうか? KDEには管理者権限でファイルの移動をおこなうファイルマネジャーがあるという話を聞くので、こういう場合に使うためだけでもKDEをインストールしようかとさえ思ってしまう。ところで、ブログを触りはじめてもう2年近くになるのに、ここにきてようやく初めてトラックバックというものを使ってみた。本当にこれでいいのか、非常に不安になってしまう。ふつうに使い慣れているひとから見れば、ずいぶんおかしな話だろうけれど。
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2007年04月01日

vlcからxmmsへ

いろいろと情報豊富なViva! Ubuntuさんのサイトで、先日、Medibuntuが紹介されていた。これは、マルチメディア系を扱うための「集積所」ということだ。私の場合、ラジオを聞く以外はとくにマルチメディアをさわるわけでないのであまり必要もなかったのだが、ものは試しとちょっと覗いてみた。すると、例によって私には恐怖の対象であるコマンドの嵐である。けれど、ひょっとしたらこれはコマンドなんか使わなくてもできる作業なのではないかという気がしてきた。そこで、ちょっとやってみることにした。たぶん、「コマンドの方が早いよ」という世界ではあるのだが、世の中には私のようなコマンド恐怖症もたぶんいるだろうから、参考にはなるだろう。synapticを立ち上げたら、メニューの「設定」から「リポジトリ」に行く。サイトにはまず「gpg keyを追加しろ」と書いてある。そこでブラウザのアドレスバーにサイトに表示してある「http://medibuntu.sos-sts.com/repo/medibuntu-key.gpg」を打ち込むと、「medibuntu-key.gpg」というファイルがダウンロードされる。これを保存しておいて、synapticの設定-リポジトリの「認証」のタブの「鍵ファイルのインポート」を押して、このファイルを選択すると、鍵ファイルが読みこまれる。次に、「サードパーティー」のタブで「追加」のボタンを押して、サイトの「alternate method」に表示されている「deb http://medibuntu.sos-sts.com/repo/ edgy free non-free」(など)を貼り付け、「Add Source」を押すと、ソースが追加される。ここでこの画面を閉じて、「再読み込み」をかけると、synapticで追加のプログラムがインストールできるようになる。実際のところ、私のiBookではDVDは読めないし、追加されたプログラムのどれを入れたらもっと使い易くなるのかという知恵もなかった。とりあえず、サードパーティーで追加されたプログラムはsynaptic上で星印がついているので、行き当たりばったり、xmmsというプログラムを入れた。まあ、それだけのことで、何がよかったということもない、というのがそのときの感想。ところが、そのしばらく後、たまたまxmmsを立ち上げる事情があった(この事情は回を改めて)。「また同じような音楽再生プレーヤーだな」という冴えない印象。ところがしばらくそれでラジオを聞いていて、「これはいいな」と感想が変わってしまった。vlcは、なぜかラジオの接続がよく切れる。たぶん1時間に1回か2回の割で音が聞こえなくなり、再接続してやらなければ復活しない。これは使いかたの問題のような気がするが、ともかくうっとうしかった。ところがxmmsは安定している。切れそうになっても切れない。さらに、細かなことだが、演奏中の曲のタイトルが、vlcだとvlcの画面上にしか表示されなかった。だから、曲名を見るために、デスクトップの片隅にvlcをつねに開いておかなければならなかった。ところがxmmsだと、最小化してタスクマネジャーの上に追いやっておいても、そのバーの上に演奏中の曲名が表示される。実はこういう機能をずっと探していた私としては、本当に嬉しい。眠気覚ましのラジオが仕事の邪魔になっては困るのだ。ということで、vlcからxmmsに乗り換えてしまった。たぶん性能はvlcの方がいいのだろうが、ラジオしか(それもお気に入りの局ひとつしか)聞かない私としては、高性能は不要なのだ。xmmsの困った点として、メニューの言葉が文字化けているというものがある。これに関してもViva! Ubuntuさんのサイトに解決法が書いてあったのだが、これは私の環境では現在のところうまくいっていない。進展があれば、また回を改めて書くことになるだろう。実は、メニューが文字化けているので、xmmsの本当の機能はさっぱりわからないのだ。それでもいい。とりあえず私にとって必要なことはできているのだから。
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2007年03月31日

JWMその他

ストレスがないということですっかりJWM+nautilus環境で安定している。だから書くこともとくにないのだが、書き忘れていたことをいくつか、それから追加でいくつか。●JWMでできないこと
 ・自動アップデートができない。これはメニューバーに通知スペース
  がないため。synaptic自身はアップデートをチェックしているよう
  で、synapticを起動するとアップデートが溜まっていた。ときどき
  synapticを起動してアップデートするしか対応しようがなさそう。
 ・メニューバーにアプレットが追加できない。これは前も書いたが、
  ちょうどxfceで便利なアプレットを見つけて使いはじめた直後だっ
  たため、とくに悔しい。何か抜け道がないだろうか。
 ・電源設定が完全ではない。Gnome-power-managerの設定でだいたいは
  通るのだが、一定時間後にサスペンドするという設定だけは有効で
  はない。サスペンドするには蓋を閉じるしかない。まあこれは
  xfceでもそうだった(GUIでサスペンドさせる方法もあったが)。
  電源の管理は、Gnome-power-managerは基本的には設定のユーザーイ
  ンターフェイスを提供するだけで、もっと深いレベルのプログラム
  が管理しているらしい。だからGnomeでの設定がほかの環境でも有効
  になる。しかし、一定時間後にサスペンドするなどいくつかの機能
  は、どうもこのGnome-power-managerが管理しているようだ。だから
  ほかの環境では有効にならないのだろう。
 ・ディスクが自動でマウントされない。認識はされるがデスクトップ
  には出てこないという意味で。nautilusで「コンピュータ」に行っ
  てやると読むことができる。
 ・システムの終了がない。再起動も同様。システムを終了するには、
  JWMを終了してログイン画面に戻り、そこからオプションで終了や
  再起動をおこなうしかない。そういえば、JWMを使いはじめてから
  一度もシステムを終わらせてないかもしれないなあ。終了オプシ
  ョンがないということで、一時的にJWMから抜けてほかのユーザー
  にログインするということもできない。まあ、そういう必要はほぼ
  ないんだけれど。●JWMで嬉しいこと
 ・システムは再起動できないけれど、JWMは再起動できる。面白いのは、
  起動中のアプリケーションをそのままにしてJWMだけ再起動できること。
  だから、設定ファイルをいじったら、エディタで作業中のままで結果
  をJWMの再起動で確認できる。
 ・Alt+Tabで起動中のアプリケーションを切替える操作はGnomeやXfceと
  共通だが、それぞれ少しの癖が違う。Gnomeでは最小化しているアプリ
  ケーションまで対象になっていたが、JWMではお休み中のアプリは無視
  してくれる。これは少しだけ嬉しい。
 ・Gnomeやxfceではアプリケーションをコマンドラインから動かすAlt+F2
  だが、JWMの場合、これでウィンドウメニューになる。ここにあるMove
  は、ウィンドウを動かしたいときに便利。●その他のファイルマネジャー
 Roxは私の環境ではデスクトップ環境としてはインストールできないらしい。ファイルマネジャーだけならインストールできそうだが、同じことならデスクトップ環境として試してみたいので、もう少し先にしよう。
 その代わりといってはなんだが、filerunnerとworkerという2つのファイルマネジャーを試してみた。nautilusをいったん設定ファイルから外し、代わりにそれぞれ入れて試してみたわけだ。結論からいえば、この2つのファイルマネジャーはnautilusとはちがってデスクトップの管理をしてくれない。ファイルを見るにはつねにウィンドウを開いていなければならないわけで、これは私のようなGUIユーザーには辛い。ということで、この2つはいずれも立ち上げただけで使用するには至らなかった。ちらっと見た感じでは、前者の方が少し使い易いかもしれない。
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2007年03月30日

テキストエディタ探求の旅は続く

以前から何度も、文章書きに便利なテキストエディタ(もしくは軽いワープロ)がないと書いてきた。世の中にそういうものが存在しないわけではなく、MacintoshでもWindowsでも、それぞれなりに便利な道具を使ってきた。だが、いまだにLinuxでは見つけられない。それでもきっとどこかにあると信じて、ときどきいまだに探してしまう(歌の文句みたいだな)。そんな何度目かの探索で、creamというテキストエディタを見つけた(伝説のロックバンドのような)。これも決して私の探し求めているものそのままではないのだが、嬉しい機能として一定幅での折り返し整形ができる。1行の幅をたとえば72バイトと決めておいてテキストを選択し、一気にその幅で自動的に改行マークを入れてくれる。あるいは、入力中にその幅まで来たら自動的に改行する。こういう機能は、たとえばMacintoshのmiなんかにもあるのだが、これはテキスト形式のメールマガジンのように改行で適宜レイアウトを付けてやらなければいけないようなものを書くときに便利だ。これは使える。もっとも、以前には大量に発行したメールマガジンも、このブログ全盛時代にはもう書くこともなくなっているのだけれど。このcream、vimというテキストエディタをベースに、インターフェイス回りを改良したものらしく、インストールするとvimも入ってくる。そこでベースであるvimも試してみたが、こちらは物書きの視点からいえば普通のテキストエディタで、とくにこれといって惹かれるところはない。こんなふうに似たようなテキストエディタばっかりたくさんあってもしかたないと思うんだが、プログラマにとってはまた違うんだろうな。
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2007年03月29日

JWMのカスタマイズ

先日から使っているJWMだが、最初の印象は「ブラウザしか立ち上げられない使えないもの」だった。けれど、これはカスタマイズで使い易くできることがわかった。ただしこのカスタマイズは、設定用のGUIメニューはなく、xml形式で書かれたテキストのファイルを書き換えなければならない。これはちょっととっつきが悪いが、コマンドを打ち込むよりはまだ自分のやっていることを確認しながら進める分だけマシだと思う。ダメなら設定ファイルを削除すれば初期状態に戻るという安心感もある。ただ、最初、この設定ファイル「.jwmrc」がどこにあるのかわからなかった。いろいろ探したら/etc/jwmなんてフォルダ内に「jwmrc」としてあることがわかったが、こんな場所にあるファイルは書き込み権限がないので変更できない(もちろんコマンドを使えばできるのだが、コマンド恐怖症の私にはできない)。ここであきらめかけたが、よく調べてみたら、何のことはない、他のアプリケーションの設定同様に、自分のホームフォルダ内に名前を変えてコピーし、コピーしたファイルを変更すればいいということがわかった。なあんだ。さて、このファイル、いろいろと書き換えたのだが、書き換えたものをこちらにアップしてある。これをテキストエディタにコピー&ペーストし、「.jwmrc」というファイル名でホームフォルダ内のユーザーフォルダに保存すれば、私の環境と同じ環境ができあがるはず(この際、文字エンコーディングをUTFにしないと文字化ける)。あくまで御参考のためにアップしておこう。かなり適当でいい加減だから、参考にならないかもしれないが。主な変更点は、まずはアプリケーションの入れ換えである。Root Menuというのが右クリックで出てくる基本となる操作メニューだから、ここの<Program>というタグで囲ったところに自分が使うアプリケーションを放りこむ。私の場合、ブラウザとメーラーとワープロ、テキストエディタに画像処理なんかを放りこんだ。ユーティリティやシステム関係では、たとえばsynapticを入れてある。この際、labelという属性で表示される名前を指定できるので、ここに日本語の名前(「エディタ」とか)を入れておく。アイコンも指定できるが、大きさを指定する方法がいまひとつよくわからず、却って見づらいものになったので、アイコンは全部削除。次がトレイ(GnomeやXfceでいうところのパネル、Macintoshならメニューバー)の外見の設定。初期設定では幅が広いのを、思いきって狭くする。20ピクセルと指定。さらに初期設定では画面下にあるのを、valign="top"で画面上に配置する。トレイの設定で次にくるのが、配列の設定。<TrayButton>でボタンを追加できるので、ここによく使う3つのアプリケーション(ブラウザ、メーラー、ワープロ)を追加。ここでは文字ではなくアイコンを使う。OpenOfficeのアイコンがあいかわらずわからないので、kwordのアイコンで代用。このボタンそのものはカスタマイズできず、ちょっと不細工に表示されてしまうのが残念。ここは我慢。トレイ内のアイテムの配置は、ここに書かれた順になるようだ。上記で追加したボタンが見づらいので、少しでも見やすくするため、<Swallow>の位置を前に出す。これはメモリの使用量をモニタするアクセサリーらしい。次はスタイルの設定。フォントはSansとSerifが指定できることはわかったが、それ以外の指定が通るのかどうかは不明。IPAフォントは指定できなかったが、これはやりかたが悪かっただけなのだろうか。Serifにすると明朝だが、メニューなのでこのあたりは基本的にはゴシック系のSansを使用。文字の大きさは、画面を広く使いたいということからかなり小さめの9ポイントで統一した。<BorderStyle>は、ウィンドウのスタイルらしい。私はできるだけ画面を広く使いたい方なので、枠の幅を最小の3(たぶんピクセル)、タイトルバーの幅を15と指定した。枠幅は、もう少しあった方がウィンドウのサイズ変更時などに使い勝手がいいのかもしれない。そうそう、先にトレイに追加したアイコンは絶対パスで指定したが、たぶん<Icons>で指定したフォルダにアイコンを入れておけばアイコンの名称だけで通るのだろう。これはあとで気がついた。私にとって重要なのは、次の<StartupCommand>だ。ここで、
nautilus -n
と入れておくと、起動時からnautilusが立ち上がって、メニューバーが簡素なこと以外は外見がまったくGnomeと変わらない軽量環境ができあがる。この「-n」は、ウィンドウを開かないこと。これをつけないと、ホームフォルダ(ユーザーフォルダ)が自動で開く。ちなみに、これを利用してrootメニューに「Home」を入れてあるのだが、これはひょっとしたら正しくない方法かもしれない。最後にキーバインディングを少しだけいじった。これは大勢に影響ないか。配色やフォントなど、外見はもうちょっといじれるのだが、このあたり、私は自分のデザインのセンスを信じていないのでデフォルトのまま。壁紙も指定できそうだが、これはどっちみちデスクトップをnautilusが覆っているので無意味。もともと壁紙を使う趣味はないので、これでいい。たぶん、スクリプトでも書けば<Program>タグあたりを使ってもうちょっといろいろできるのだろうけれど、まあこのぐらいで私の日常使用には不便はない。できることが限られているというのは、不自由なようで、意外と自由に感じる。それ以上のことを望まないから。結局は使わないオプションがいくらあっても意味はないということだろう。
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2007年03月27日

JWMの使い心地

JWMがすっかり気に入ってしまい、ついにデフォルトのデスクトップ環境に設定してしまった。正確にはJWM+nautilusというべき変則デスクトップ環境である。軽さと使い易さの両方を兼ね備えていると感じている。GnomeやXfceと比べてできることはかなり少なくなっているが、私の日常の使用で少しの不便を感じる主な「できないこと」は、次のようになる。 ・ツールバー(パネル)に配置できるアプレットがほとんどない。
 ・「最近使ったファイル」の項目がない。
 ・各種環境設定をするユーティリティがない。
 ・終了オプションがない。
 ・仮想デスクトップの配置と移動が少しだけ使いにくい。これらのマイナス面があるわけだが、少し詳しく見ると、こんなふうになる。まず「パネルのアプレット」だが、GnomeやXfceで使っていた主なものは、メニューと時計と使用中のアプリの一覧とデスクトップ切替器(これらはJWMもある)に加え、スクリーンショット、通知スペース(ここに入力メソッドと電源の管理が表示される)、音量の変更、強制終了などだった。このうち、入力メソッドの切替えと音量の変更はキーボードのショートカットで対応している。時計は簡単なもので時刻の調整などの機能がついていないが(Xfceでもこれが使いにくくてわざわざGnomeのものに変えていた)、Ubuntuを使いはじめて初めて時計が狂わなくなって、時刻の調整の必要がなくなってしまった。時計が狂う原因は、どうやらメモリの過剰使用だったらしい。強制終了は、ウィンドウの右クリックでできるので、かえってXfceやGnomeよりも使いやすい。ということで、電源の管理が見えないのだけが、現在のところどうしようもない問題。「各種環境設定のユーティリティ」は、実際にはもう既にGnomeやXfceでほとんどの設定がおわっているため、いまさら起動する必要もないので不便ではない。ただ、設定を変えたくなったら別環境に戻らないといけないのは不便だろうなとは思う。とりあえずは問題になっていない。「仮想デスクトップの配置」は、些細なことではあるけれど、私の使いかたではけっこう重要なことになってくる。私は4つの仮想デスクトップを2行に(つまり田の字の形に)配置して、キーボードのショートカットで「上、下、右、左」と切替えて使う。これがけっこう便利で、Ubuntuに変えてからすっかり馴染んでしまった。ところが、JWMではこれが1行に並んでいるだけ。キーボードのショートカットは追加することができたが、順に切替えていくしかない。これはちょっとだけ不便を感じている。ただ、切替えでリドローに時間を潰さなくなったので、その分はむしろ使い易くなったかもしれない。「最近使ったファイル」や「終了オプション」も、些細なことだけれど、使用感にはけっこう影響する。これら以外には、特に問題を感じない。アプリケーションの中にはいってしまえばGnomeもXfceもJWMもないのだから、あたりまえといえばあたりまえだろう。そしてメリットは、何より早さだ。それから、xfceとちがってnautilusを使っているので、デスクトップ上のファイルの配置や自分のWebsiteへのファイルのアップロードなどの面でXfce以上の使い勝手がある。デスクトップの外見もGnomeで設定したそのままを引き継いでいるので、無愛想なものではない。たぶん各種設定なんかはGnomeのツールを使えるだろうから、メニューの項目さえ増やせば上記の問題もかなり解決するような気がする。そこまで踏み込んだらコマンドの世界だろうから行かないけれど、意外とこの組合せでJubuntuをリリースしたら低スペックマシンの低スペックユーザーには福音かもしれない。Jubuntu(?)にするためには設定ファイルをいじる必要があったのだが、その話は次回にでも。
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2007年03月26日

JWMは悪くない。

しばらく前、Xffmを試してみた際に、synapticを検索していたら、JWMというのが目についたので、何の気なしに「ついでに」インストールした。普通こういうことはしないのだが、気の迷いというものだろうか。そのときは、Xffmのことがメインだったから、インストールはしたものの深追いはしなかった。ログイン画面のオプションで「セッションの選択」にいくとJWMがリストに含まれている。なるほど、gnomeやKDEと同じように、JWM環境でもログインできるわけだと納得した程度だった。それから数日後、せっかくだからとこのJWMにログインしてみた。Fluxboxのときと同じように手も足も出ない。それでも、ログアウトは普通にできるのと、アプリケーションではFirefoxだけは立ち上がるので、Webアプリだけを使うならこの環境でも使えなくはないかもしれないと思った。将来的にGoogleのウェブアプリが充実してブラウザだけを立ち上げればことが済むような時代には、けっこうこういった環境の方が使い易いかもしれないとは思った。まあ、未来の話で、自分には関係がない。ところが、数日前からこのJWMを使いはじめている。それは、ふとオフィシャルサイトにいってみたら、けっこうカスタマイズできるみたいだったからだ。検索をかけてみると、このJWMは軽量リナックスとして評判の高いPuppy Linuxのデフォルトデスクトップに採用されているらしく、そのユーザーのサイトに参考になる情報があった。まあ、そんなこんなでJWMをカスタマイズして使いはじめたのだが、結構悪くない。たまたまいまやっている作業との相性かもしれないが、Xfceよりも確実に早く感じる。これはもちろん、メモリの消費量が少なくて、仮想メモリ領域を使うことが滅多にないからだろう。ツールバーにはメモり使用量を監視するアクセサリーがついているが、これを見ても、普段の作業ではほとんど実装メモリの256Mだけで足りていることがよくわかる。カスタマイズに関してはまた改めて書くことにして、最終的にしばらくこれでいってみようと思ったのは、ファイルマネージャーとしてGnomeのnautilusを併用することにしたからだ。Thunarは、やっぱり私にはいまひとつだった。Nautilusよりは早いのかもしれないが、JMW+Nautilusで、けっこう軽量な環境ができる。いろいろとできないことも多いが、やはりハードウェアの限界上、軽いことがいちばんだ。だんだんやっていることがちょっとマニアックになってきたが、コマンドなんか知らない素人でもこういうことができるのが最近のLinuxということらしい。
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2007年03月20日

Xfceでできないこと(追加)

素人パソコン使いの「できない」は半分以上は実は「知らない」のだが、Xfceのデスクトップ上で「右クリックで新規フォルダが作れない」と書いたのは、実際この部類のことだった。確かに、デスクトップの何もないところで右クリックをするとXfceメニューが立ち上がるので、新規フォルダを作成できない。しかし、既にファイルやフォルダのあるところにカーソルを持っていって右クリック(私の場合はF12)をすると、いちばん下の方にDesktopというメニューがあり、そこのところに新規フォルダや新規ファイルを作成するメニューがある。なあんだという感じ。これを見つけたのは、フォルダを圧縮しようと思ってフォルダを右クリックしたときのこと。ところが、フォルダの圧縮はメニューにない。あれれ、これはGnome環境ならできたのにと、しかたなしにわざわざnautilusを立ち上げた。そういえば、インストール時に圧縮を可能にするプラグインがあったような気がする。そのときは、圧縮なんてデフォルトでできるもんだと思っていたから気にも止めなかったのだが、どうやらそういうことらしい。また調べておこう。
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2007年03月17日

xffmの敷居は高かった

先日記事にyuniさんからコメントをいただいて、xfceのファイルマネージャーであるThunarの代わりにxffmを推薦いただいた。そこでいつもの如くsynapticでxffmを検索し、チェックマークを入れたら十数個のファイルをインストールするということになったので、「はい、はい」と進んで無事xffmをインストールした。さて、インストールすることはインストールしたが、どう使えばいいのかわからない。再起動してみたが、別に何ら変わったところはない。Thunarの代わりに使うのなら、そういう設定をすべきなんだろうが、「ファイルマネージャーとして次のアプリケーションを使う」みたいなダイアログはどこの設定ファイルをみてもない。これはたぶん、コマンドを打ち込む世界なんだろうとお手上げ。それでも、あちこち見ていたら、xfceメニューの「アクセサリー」の項目がずいぶん増えている。「ホームフォルダ」というのがあるのでそこに行ってみたら、Thunarとは明らかに違うファイルマネジャーが立ち上がった。「ああ、これだ」と思ったら、yuniさんの予告どおり、デスクトップが真っ黒に。びっくりしました。ということで少しxffmを触ってみたのだが、確かに私が「できないできない」といっていたことのかなりの部分ができるので、これは嬉しい。けれど、カスタマイズのしかたがわからない。いちおう設定画面みたいなのはあるのだが、これはまずどの項目が何を設定するのか素人に意味不明だし、多少は見当をつけられるもの(背景色とか壁紙とか)も、どんな値を入力すればいいのかわからない。「惜しいなあ」と思う。個人的には、おそらくthunarよりも使いやすい気がする。thunarが優れているとしたら、それはおそらく、よりgnomeに似ていることではないかとさえ思えてしまう。日本語化されていないのも残念だが、それはまあ、別に大きな問題にはならないだろう。最終的に、カスタマイズのしかたがまったくわからなかったので使わないことにした。デスクトップを真っ黒から真っ白に変えることができたぐらいが、唯一私に可能だったカスタマイズ。それも、どうしてそうなったのかは理解できず仕舞い。まあ、素人がやることの限界がこのあたりにあるのかもしれない。
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2007年03月15日

Xfceの効果、それとも?

昨日からまたインターネットラジオを聞きはじめた。仕事中にラジオを聞くのは決していい習慣ではないが、もう20年以上も前、最初の職場でFENをかけっぱなしにしていたのだから、いつのまにかそういうものだという感覚が身についてしまった。日本語の放送は気が散っていけないが、音楽中心でたまに英語の喋りがはいるぐらいだと特に仕事の邪魔になることもない。と、思っている。実際にはどうなんだか。そんなリスナーの私にはインターネットラジオは非常にありがたい。こういものが存在することを知ったのは1年ほど前だが、そのしばらくあとにMacintoshからUbuntuに移って、こういう楽しみはあきらめかけていた。ところがVLCでラジオが聞けることがわかってまた聞きはじめたのだが、放送が切れ切れになってあまりに聞き苦しいので、すぐにやめてしまっていた。切れ切れになるのは明らかにメモリの不足で、やっぱりこの機械ではそこまで負荷をかけてはいけないのだろうと思った。聞き苦しいだけでなくメモリを消費することで仕事に差し支えるようではやはりよろしくない。ところが、今度は同じVLCでほとんど音飛びがしない。作業としてはまったく同じ程度のことをやっているので、これはやはり、メモリに以前よりも余裕ができたからだと考えるべきなのだろう。としたら、Xfceの効果がここにあらわれたわけだ。いや、もうひとつ、考えられる要因がある。それは、こちらのサイトでCPUマネージャーをオフにするというヒントをもらったからだ。デフォルトで自動起動するこのサービスのため、500MHzしかないこのパソコンのクロック数は、常に400MHzに抑えられてきた。私はなんの疑いももたずそういうものなんだろうと思ってきたが、別にここでクロック数を抑える必要はないらしい。このサービスをオフにしたら、目に見えて動きが早くなった。処理速度が早くなるということは、過重な作業をやっても早めに処理が終わって、その分早めにメモリを解放することにつながる。のではないかと思う。だから音飛びがしなくなったのだろうか。いずれにせよ、このiBook、かなり環境が使い易くなってきた。だが、そうなってきたところで、もう間もなく退役になるのだけれど。
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2007年03月14日

ユーザーインターフェイスは懐古趣味

Ubuntuはデスクトップの外見をさまざまに変えることができるのだが、XfceはGnomeほどにはカスタマイズの自由度がない代わりに、Gnome以上にプリセットのユーザーインターフェイスのバリエーションが多く用意されている。最初私はGnomeで使っていたのと同じユーザーインターフェイス(たしかMist)を使っていたのだが、いろいろ試していたら、Xfce-lightというのが気に入って、これを使うようになった。しばらく使ってから気がついたのだが、これはどうも、Macintosh、それも昔よく使ったOS8.6時代のMacintoshのインターフェイスによく似ている。というか、おそらくその雰囲気を出そうとして作ったのではないかという気がする。ベースの色がグレーで、境界にちょっとエンボスっぽい影を付けるなど、よくあるパターンではあるが、パターン以上に懐かしさを覚える。そういえば、私はデスクトップのメニューバー(パネル)を画面の上端だけに置いているのだが、これも昔のMacintosh風だ。現在のMacOS風にするならメニューバーっぽいパネルを上端にして下端の中央に半透明にした幅の狭いパネルを置けばそっくり真似ができる。けれど、実は私はこのスタイルはあまり好きではなかった。もちろん、Windows風に(あるいはKDE風に)メニューバーを下端に集めるのも好きではない。だから自由にできるとなったら、いつの間にか昔のMacintoshを真似ていた。これって単なる回顧趣味なのだろうか。Xfceのパネルには、ウィンドウリストというのがあるが、これもまた、Macintoshの右上隅にあった起動中のアプリケーションを示す領域(もう名前を忘れてしまった)を思い起こさせる。Gnomeのときには入れていなかったこういうものをいれると、ますますMacintoshっぽい。左端に置いた「Xfceメニュー」はアップルメニューそのものだし、音量、入力システム、電源、時計などが行儀よく右端に並んでいるのも、気がついてみれば古いMacintoshのインターフェイスにあわせてカスタマイズしているわけだ。もっとも、Windows風のタスクリストはWindowsを使っていて珍しく便利だと思ったものなので、これはUbuntu移行後も使っている。それに、よく使うアプリケーション(ブラウザ、メーラー、ワープロ)をメニューバー上に配置しておくのもWindows風ではあるが便利だ。これもGnomeのときから実行している。ただ、Gnomeでは簡単だったパネルへのアプリケーションショートカットの配置は、Xfceではけっこう面倒だった。まずランチャーを追加し、このランチャーのプロパティでアプリケーションとアイコンを別々に選択する必要がある。アプリケーションはusr/binにあるのを探してくるが、アイコンはどこにあるんだろう? FirefoxとThunderbirdはusr/libのなかに見付かったけれど、OpenOfficeのワープロは結局みつけられなかった。いい加減に適当なアイコンを突っこんであるが、まあ自分がわかればそれでいい。Macintoshになかったもので追加したのは、あとはスクリーンショットの取得かな。これは常備しておくとけっこう便利。Macintoshのときはショートカットを覚えていたけれど、この環境にきてからは覚えていないので。あと、Gnomeのときは強制終了をさせるツールを配置していてときどき使ったが、これはXfceのパネルには見付けられなかった。ただ、option+ctl+escで強制終了の髑髏マークが出るのを覚えたのでこれで用が足りている。もっとも、いったんこの髑髏が出たら、それを中止する方法が見付からないでいる。とまあ、カスタマイズの覚書みたいなことを書いたが、ようやく新しい機械をもらえるメドが立ってきたので、その環境を整え直すときにこれを見ればスムーズにいくかな。
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2007年03月13日

Xfceはやっぱり早い?

xfceに移ってから、「ネズミ以外にメリットを感じない」とさんざん書いてきたわけだが、昨日、ようやくちょっとメリットらしいものを感じた。それは、噂の「早さ」だ。仕事をしていて、「おや、そういえば動きがスムーズだな」と思ったわけだ。私の仕事は実に雑多なことが絡んでくるのだが、たまたまUbuntuに移行してからは基本的に文字を書く仕事がほとんどになっているので、立ち上げるアプリケーションといえばブラウザとメーラー、それにテキストエディタかワープロということになる。ブラウザで調べ物をしながらエディタで文字を書き、メーラーでときどき外の世界との連絡をとる。原稿や資料がPDFファイルであることも多いので、evinceなどが立ち上がっていることも多い。去年、最初にxubuntuを試したころは、文字入力に専らエディタを使っていた。このときにGnomeとxfceの早さの差をほとんど感じなかったのは、ブラウザとメーラーとエディタなんて組み合わせでは、たいしてシステムに負荷をかけていなかったからではないだろうか。xfceが低スペックのパソコンで早いというのは、デスクトップまわりで消費するメモリが小さいためより多くのメモリを他のアプリケーションに開放できるからではないかと思う。だとしたら、もともとそれほど多くのメモリを消費しない使い方では、Gnomeと差が出なくても当然かもしれない。一方、最近xfceをインストールしたときにやっていた作業は、ひさしぶりの冊子レイアウトで、使っていたアプリケーションはOpenOfficeだ。OpenOfficeはもともとメモリ食いという評判のソフトだが、実際、このMSクローンは(私から見れば)余分なことばかりに力が入っているせいか、けっこう重い。ただでさえそうなのに、このときにやっていた作業は(ちょっとファイル管理の手際が悪かったため)特に重っくるしい作業になっていた。作業中のファイル保存でさえ何分も時間がかかるような状態で、メモリはいっぱいいっぱい、アップアップの状態だったと思う。そして、こういう負荷が超過剰な状態でも、GnomeとXfceの差は出ない。Xfceがわずかばかりのメモリを自由にしていてくれても、大勢に影響はないというわけだ。その作業が一段落して、いまはまた原稿書きに戻っている。docファイルで仕上げる関係上、現在使っているのはエディタではなくワープロのOpenOfficeだ。けれど作業中のファイルは、このあいだまでみたいに機械が考え込んでしまうような重さではない。表組みは少し入っても基本的には文字原稿だ。そして、この程度の作業をしているからなのだろう、「あ、Xfceって、早いのかな?」と思う。Gnomeでは過重な作業が、Xfceだとそうではないようなのだ。デスクトップ環境を変えたからといってCPUが早くなるわけはない。xfceの効能が、作業内容によって感じられたり感じられなかったりするのはある意味当然なのかもしれない。「Xfceの効果があるちょうどよい使用状況」というのがあるようだ。ともかくも、これでようやくXfceのメリットが見つかってほっとしている。
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2007年03月12日

xfceでできないこと(いまのところ)

Gnome環境からXfce環境に移ってきて、事実上はGnomeとほとんど同じインターフェイスで使っているので違和感はほとんどない。そのかわり御利益もほとんど感じないのは「なんだかなあ」という感じではあるのだが、それはそれとして、GnomeでできていたことがXfceでできないというのがポロポロとある。これはまだ私が使い方をみつけていないのかもしれないし、私のインストールしたバージョンが最新ではないということからきているのかもしれない。いずれにせよ、当面、下記のようなことができない。
・デスクトップ上で新規フォルダを作成できない。
 Gnomeだと右クリック(F12)で新規フォルダ作成ができたのに、
 Xfceではできない。Thunarに入ったらできるが、面倒臭い。
・デスクトップ上のアイコンの配列がグリッド枠内に1つずつしか
 収まらない。デスクトップにけっこうモノを散らかす傾向のある
 私には使いづらい。もっとも、そのぶん整理をしようという気に
 してくれる効用はあるが。
・デスクトップ上のアイコンを複数選択するのがやりにくい。でき
 ないことはないようだが、うまくいかないことが多い。
・なぜかThunderbirdのウィンドウの大きさをよく忘れる。これは
 本来thunderbird側の機能のはずなのだが、なぜかウィンドウを
 開いたときの大きさが、Gnomeのときとちがう。前回の大きさを
 記憶しておいてくれる方が慣れているのだけれど。
・Thunarでは、リスト表示のフォルダの下位のツリーをそのウィ
 ンドウのまま表示していく機能がない。これはMacintoshに古く
 からある機能なので、あらゆるものに標準と思っていた。
 サイドペインを開けばいいのかもしれないが、これはウィンド
 ウが狭くなるので好きではないし。
・「変更日時」の表示が、実際には日付までで時刻が表示されない。
 これは設定を変えられそうな気がするが、設定を変更する方法
 がわからない。
・設定を変更するための「設定エディタ」(aracarte)がない。
 私のようなコマンドアレルギーには、これは重宝したのになあ。もうちょっとあったような気はするけど、とりあえずこのあたりで。いずれも特に決定的な不満ではないのだけれど、慣れている操作ができないのはときどきカンが狂う。
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2007年03月08日

やっぱりGnomeか?

いまのところサイト管理その他の必要性からftpでネット接続する必要がないのでどうでもいいことといえばどうでもいいのだが、Xfceのファイルマネージャー(つまりはアイコンをダブルクリックして開くウィンドウ)であるThunarではネットワークを開くことができないという話をどこかで読んだ。Ubuntuで感動したのは、以前に書いたことだが、デスクトップのフォルダを開くのと同じ感覚でサーバー上のフォルダやファイルを開くことができることである。これはつまり、ファイルマネージャーであるnautilusがftpなどのネットワークに対応しているからということだった。それがThunarではできないのか? 気になってちょっとさわってみたが、確かにどこをどうすれば接続できるのかわからない。Ubuntuだったらパネルの「場所」のところから「ネットワーク接続」までプルダウンすればそれで済む。それがThunarではわからない。できるのかもしれないが、私のようなGUIしかわからない人間には見つけることができない。「やっぱりXfceは無理があるのかなあ」とおもってあちこち見ていたら、Xfceメニューの「アクセサリー」の項に「コンピュータ」とか「ホーム・フォルダ」とか、Ubuntuの「場所」に入っていたアイコンが入っている。そこに行ってみたら、見慣れた画面。御無沙汰でした、nautilusです。となれば、nautilusのツールバーの「移動」から「ネットワーク」に行くだけで、既に作ってあった自分のWebサーバーへのショートカットが現れる。パスワードを入力すれば、ちゃんと接続できる。これはやっぱり簡単だ。Xfceでも問題なくネットワークへの接続ができると喜んだが、よく考えたらnautilusはGnomeのファイルマネージャーだ。Thunarじゃダメでnautilusならっていうのは、結局XfceよりもGnomeってことじゃないのか?Xfce環境にしながら肝心のところでGnomeっていうんじゃ、あんまりメリットないよなと考え込んでしまう。いまのところ、ネズミ以外にxfceの気に入ったところもあんまり出てきていないのだし。
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2007年03月07日

そこまでやるならGnome使えよ!

Xfce環境はシンプルで気に入ってはいるのだけれど、シンプルな分だけできることが少なくて、ちょっと戸惑ってしまう。デスクトップの外見のオプションに関してはむしろGnomeよりも豊富なテンプレートが用意されているように見えるのでそれはいいのだが、たとえばパネルのアプリケーションが少なかったり、右クリックでできることが少なかったりと、ちょっと不便。そう、パネルのアイテムで最初に不満を覚えたのは電源モニタだった。これは、アイコンが大きすぎて、パネルにフィットしない。というのは、私は少しでもデスクトップを広く使いたいので、パネルの幅をかなり狭くしているからだ。電源モニタのアイコンは、この幅を無理矢理に押し広げてしまう。これはいただけない。synapticを探していたら、xfceアプレットというものがあることがわかった。これはGnomeのパネルのアイテムをxfceのパネルに持ってくることができるというものだ。そこでこれをインストールしたら、パネルにxfceアプレットを追加できる。これのプロパティからGnomeのアイテムを選択するという二段構造だ。これでGnomeの電源モニタを追加した。
そうしたら欲が出てきた。音量コントロールも、Gnomeの方が使い勝手がいい。そこでこれもGnomeのものに変更する。そうこうするうち、スリープの設定がGnomeのときと違うことに気がついた。同じにしようと思うのだが、電源管理の設定がどこを探しても見つからない。じゃあこれもGnomeのを使うかと、設定の「自動開始アプリケーション」でgnome-power-managerを起動と同時に動くように設定した。いったんログアウトして再ログインすると、Gnomeのときと同じように通知スペースに電源管理のアイコンが出現した。そうなるともうxfceアプレットで入れた電源モニタは不要なので、こちらは削除。これで、電源モニタのときはできなかった設定の変更が、パネル上のアイコンの右クリック(というかF12)で可能になる。そうなると、時刻の調整が同じように右クリックでできないのが窮屈に感じられてくる。そこでxfceアプレットで時計をxfceのものからGnomeのものに変更。一通り終わってみると、パネルに関してはほとんどGnomeのときと同じになってしまった。なあんだ、xfceにしたなんて、これじゃまるでわからない。そこまでやるんならGnome使えよと、自分でツッコミを入れる始末。やれやれ。しかし、xubuntuって、確かインストールしたときはこんな感じだったよなあと思う。xubuntuは純粋xfceよりもはるかにGnomeに近いというわけかと、妙なところで納得している。
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2007年03月06日

スキャナが使えた!

以前には私の仕事にはスキャナは必須アイテムだったのだが、いつの頃からかだんだんと使用頻度が減り、数年前からはほとんど使わなくなった。私の仕事からレイアウトなど画像を扱うものが減ってきたということもひとつの要因ではあるが、それ以上に、以前のように紙焼きからスキャンしなければならないことが格段に減ってしまったからだろう。いまではほとんどの原稿がデジカメで撮影したデジタルデータで送られてくる。スキャニングの手間が減るばかりでなく、写真の保管・返却に気をつかう必要もないから楽なものだ。そんなこともあって、2年あまり前にスキャナは手放してしまった。あるに越したことはないとわかってはいても、なくてもどうにかなるかなと。それでもたまには、スキャナを使う必要がある。そんなときは、妻に頭を下げることにしていた。妻のプリンタはキャノンの複合機で、スキャナ機能がある。ちなみに、かつては安物のスキャナはとても仕事には使えなかったものだが、今ではどんな安物でも昔のプロ仕様のスキャナと遜色ない性能を備えている。もちろん今でも、さらに高品位のプロ用の機械がないわけではないが、私の仕事はさすがにそこまでのものを必要とはしない。なぜ妻に頭を下げなければならないかといえば、それはこのキャノンの複合機、Macintoshに対応していないからだ。Ubuntuに移ってからも事情は同じで、スキャニングソフトを立ち上げても認識してくれなかった。それが今日、試してみたら認識する。XSaneというソフトで、たぶん以前に試したのもこれと同じだったはず。ということは、Xfce環境に変えたからだろうか。それとも6.10のアップグレードのおかげだろうか。確かアップグレード後に一度は試してだめだった記憶があるのだが、記憶ちがいなのか。それとも日常的なアップグレードのどこかでドライバが更新されたのか。理由がわからないのはしゃくにさわるが、ともかくも、Macintoshで不可能だったことがまたひとつLinuxで可能になった。こりゃたいしたものだと、また認識を新たにしてしまう。
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2007年03月05日

Xfce再び

以前Xubuntuをインストールしたことは書いたが、その際には勢い余ってKubuntuまでインストールしたため、どこまでがXubuntuの効果でどこまでがKubuntuの影響なのか判然としなかった。ごちゃごちゃになってシステムが不安定になってしまったので、最終的にXubuntuもKubuntuも削除してしまった。その後、6.10へのアップグレードに伴って、Xubuntuがあったという痕跡さえ残らなくなってしまっていた。Gnome一辺倒で使ってきたわけだ。けれど、Xubuntuにはなんとなく親しみが残った。ネズミのロゴの製でもなかろうが、「次はこれかな」という思いがしてきた。だからアップグレード予定(しつこい!)のDellにはこれを入れようと思っている。それまでの間、好奇心からもう一回、このiBookにXubuntuを入れてみることにした。というか、Xfceをインストールした。Xfce環境をインストールする方法は、synapticを使った場合、xubuntu-desktopというメタパッケージとxfceというメタパッケージをインストールする二種類の方法がある。前回はxubuntu-desktopだったので、今回はxfceで試してみた。デフォルトの設定が異なる(それにともなって若干インストールされるプログラムがxubuntuでは追加される)だけのようだ。ということで、一昨日からxfceの環境にいる。外見上はほとんどgnomeと同じに設定できるので、自分自身、使っていて環境を変えたという気がしない。gnomeと同じにするんなんて折角のxfce環境がもったいないという気もしないでもないのだが、とりあえず仕事優先。仕事するには目先の雰囲気は変わらない方が効率がいいので。それでもいくつかgnomeと変わったところがある。そのあたりのネタで、これから何回かはこのブログももつかな。
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2007年03月01日

pdfの扱いに一苦労

ひさしぶりに、軽くレイアウトをつけなければならない仕事があった。Linuxの不満な点として、以前にも書いた「軽いワープロ」のほかにもうひとつ、「まともな日本語レイアウトソフト」の不在がある。Scribusというレイアウトソフトがかなりがんばってはいるのだが、残念なことに日本語組み版への対応やユーザーインターフェィスなどの点でもう一頑張り必要。まだもう少しバージョンアップに期待しなければいけないかなと思っている。結局、「重いワープロ」であるOpenOfficeをレイアウトソフトの代用に使うという極めて野暮ったい方法で現状は対応している。正直、これはなんとかしたいと思っている。出版印刷関係以外の人にワープロとレイアウトソフトのコンセプトの違いを説明するのは難しいが、私から見ればMS Wordに代表されるワープロソフトは異様に使いにくい方向に進化してしまったように思える。同じ文書をレイアウトするのに、IndesignやQuarkのようなレイアウトソフトならずっと少ない時間で、ずっと美しい仕上りが得られる。使用方法を覚えるのもずっと簡単だ。実際のところ、いまだに私はMS WordやそのクローンであるOpenOfficeの機能で完全に掌握していないところが多い。もちろんIndesignなら完璧に知っているというわけではないのだが、IndesignやQuarkなら手探りで作業していても誤ったことに導かれる危険性が小さい。MS Wordでは、間違ったデータの作り方をすると、後で何十倍もの苦労になって帰ってきてしまう。これはがっかりする。ともかくも、文句を垂れつつも、わずか百数十ページの冊子を作るだけだから、わざわざ外付けのハードディスクを引っ張り出してきてMacintosh環境に戻して作業するまでもないと、OpenOfficeで仕事をはじめた。グラフィックな仕事ではないのでIllustrator使う必要もないし。ところが、途中でPDFでもらった画像データを貼り込まなければならない場面に遭遇した。元データがPDFというのは決して珍しいことではない。むしろ、私はPDFという標準形式が好きなぐらいだ。だが、OpenOfficeではPDFは扱えない。Indesignならそのまま貼り込めるのに、まるで昔のPageMakerのように、OpenOfficeはPDFを拒否してしまう。もちろん、こういうケースにも昔からよく遭遇している。仮にPDFが取り込める場合でも、PDFを構成している画像や文字のパーツを分解して組み直した方がいい場合が少なくない。そんなふうにPDFから文字データや画像データ、ベクターのデータを取り出すにはMacintoshならIllustratorを使う。だが、ここにきてはたと困った。Ubuntuだったらどうしよう。問題のPDFはスキャン画像だった。だから画像データだけ、JPEGか何かに落とせばいい。それだけの単純な作業なのに、PDFビュアーであるevinceでは手も足もでないし、GIMPもPDFを開いてくれない(Pfotoshopなら画像として開くことはできるのだが)。Macintoshの場合いろいろと逃げ道があって、たとえばToy ViewerというフリーソフトはPDFを画像として扱えるので、JPEGイメージに落とす場合など便利に使っていた。Unix系であるGhostScriptやCenonといったソフトでepsに変換するという方法もあった。いくらでも方法があるはずなのに、Ubuntuではそれが見つからない。Synapticを虚しくかなり探し回った。Cenonは本来Linuxだと思うからこれを使いたいのだが、(以前にも試したことがあってうまく動かなかったのだが)起動してもエラーが出て動かない。おそらくPPCに対応していないのだろう。GhostScriptのpdf2psは、Macintosh版ではGUIがあったのに、Linuxではコマンドで動かさなければならない。そういうのはコマンドアレルギーの私には困るのだが、我慢してpdf2psでまずpsデータに変換し、ps2epsでepsデータに変換するという二度手間なことをしてみた。しかし、エラーが出てうまくいかない。GhostScriptのエラーは、Macintoshでもけっこう多かった。これじゃダメだ。Linux版のIllustratorと期待されているInkscapeではどうかと思ったが、これもPDFは読んでくれない。xpaintとか、以前試して動かなかったXaraとか、いろいろやってみたが全滅。そんなことをしながら、「前に何か同じような状況でゴマカシを打てたと思うんだが」という思いが頭からはなれなかった。まさかスクリーンショットをとってそれをGIMPでつなぎ合わせるなんてことじゃないだろうな(最悪この手段は可能だとわかってはいたが、面倒で野暮ったい)、なんてことを思って、ふっと、KPDFでPDFを開いてみたら、AdobeのReaderと同じで、KPDFにはPDF内のテキストや画像をコピーするオプションがある。「なんだ、これでいいじゃないか」と、画像を選択して別ファイルでJPEGに保存して、一件落着。数時間を無駄に潰してしまった。こういうふうにみてくると、Linuxはまだまだ発展途上だということがよくわかる。Linuxだって不可能じゃないはずなこと、それほど難しいはずではないことが、ちょっとしたことなのにできなかったりする。それは、デスクトップ環境を使うユーザーがまだ圧倒的に少なくて、そういうちょっとしたことをする需要がまだまだ小さいからなのだろう。Linuxのプログラマだったら、PDFを細工するソフトを書くぐらい朝飯前だと思うのだが、(少なくともUbuntuのPPC版では)痒いところに手がとどくようなソフトがない。誰か書いてくれたら、私は感謝するのだけれどなあ。
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2007年02月25日

終わりそうで終わらないMacintoshでUbuntu

Ubuntuの次期バージョンはFeisty Fawnと呼ばれることになるようだが、このリリース予定は4月19日、β版のリリース予定は3月22日である。なぜこんなことをチェックしているのかというと、入手が遅れているPC機のスタートは、同じことなら最新のバージョンでと思っているからだ。β版のOSを仕事で使う機械に入れるのは恐いことでもあるが、これまでのUbuntuの使用感からくる信頼が、その気にさせてくれる。この日程を公式サイトで見ていて気がついたのだが、現在リリースされているα版には、ちゃんとPPC版がX86版やAMD64版と並んでアップされている。公式サポートからはずれたというニュースはあったけれど、なんだ、これまでと同じじゃないか。公式のに文字は消えても、今後もある程度のサポートは続くのだろう。終わりそうで終わらないPPCへのUbuntu対応である。同様に、このブログも、何度も「もうじき終わる」と書きながら、いっこうに終わらない。単純にPC機の入手が遅れているからなのだが、ハードウェアの変更を当て込んで用意した新しいブログに書くことがなくて困っている。一般論でゴタクを陳べたって、誰も面白いとは思ってくれない。やっぱり実体験でないと説得力がない。困ったことだ。そして、たぶんあと半月から1ヶ月、この古いiBookをまだ使いつづけなければならないから、それなりに手を加えなければならなくなってくる。例えば、数日前、以前の6.10へのアップグレード時にあえてインストールしなかった検索のBeagleを改めていんストールした。やっぱり、ないと不便だから。こんなふうに、使いつづけると、それなりに動きが出てくるのがパソコンの宿命だろう。なんだか締まらない話だが、そういうことでこのブログ、もう少し続く。本題が終わったら、別テーマに模様替えして使いつづけるかもしれないが、それはまだ未定。ブログって、あんまり好きなスタイルじゃないから。
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2007年02月20日

TeaとTed

MacintoshからUbuntuへ移ってきて、実際には「すべてハッピー」というわけではない。総合点ではどうみたってUbuntuなのだが、いくつか不満足な点は残っている。そのひとつが「軽いワープロ、あるいは少しのレイアウトができるテキストエディタ」が見つからないということである。KDEのKOfficeはいい線をいっていたのだが、やっぱりいまひとつ満足できない。とりあえずはOpenOfficeを使っているのだが、これはMS Wordのクローンだけあって、MS Wordの嫌なところすっかり引き継いでいる。私としては、ワープロ的な発想よりもエディタ的な発想から出発している方が、原稿書きをする場合にはより好ましい。私の理想はMacintosh、Windows両方のバージョンがあるiTextなのだが、Linuxのエディタのほとんどはプログラマが喜ぶような機能に特化していて、こういう物書きが喜ぶような機能を付けてくれているものはいまのところ見出せないでいる。以前にもこの話はしたし、そのときにもう「しばらくはいいのが見つかりそうにないなあ」とあきらめていたのだが、また欲が出てきて2つほどエディタをインストールしてみた。いずれもrtfが扱えるということなので、期待したわけだ。Tea(あるいはTeaed)は、センスがなかなか気に入った。単語を出現頻度順に数えてくれたり検索や置換の機能が充実しているなど、それなりに素晴らしい。けれど、「簡単なレイアウトぐらい付けたい」という欲求には対応していなかった。HTMLを書くことはできるが、WYSWYGで表示はしてくれない。rtfの対応も、それが「読める」というだけで、表示や入力に対応したものではなかった。geditの代わりに使ったら面白いかもしれないが、それだけのこと。Tedは、その点、rtfの表示と入力にきっちり対応していて、軽量ながら十分にワープロ的な使いかたができる。これはいいなあ、と思っていたら、日本語には対応していない。マニュアルを読むと多言語の文字エンコーディングに対応させる方法もあるようなのだが、ややこしくってわからない。設定ファイルをいじれば済むような気もするが、じゃあどうやったらいいのかという具体的なことがわかりにくいマニュアルだ。私もよく人から「文章で書かないで箇条書きにしてくれ」と苦情をいわれることがあるのだが、おそらくこのTedの作者も、私同様にだらだらと細かいことから書いていかないと要点にたどり着けない頭の構造をしているらしい。膨大なマニュアルを読み解くだけの力がなかったので、Tedもボツ。ということで、原稿書き用のエディタへの探索はまだまだ続く。たぶん、もうじきPC環境になるから(予定がさらに遅れてまだ1ヶ月ぐらいかかりそうだけれど)、きっと選択肢も増えることだろう。期待している。
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