2017年02月21日

中学生にUbuntuは、ありか、なしか?

Ubuntuを使い始めて10年以上になる。使いはじめから数年のあいだは、よくUbuntu布教のためのブログを書いた。それ専用のブログも持っていた。元Mac信者だから、自分の使うOSを布教するのは当然だと思っていた、からではないと思う。あの当時、Windowsのシェアが高すぎることに危機感をもっていた。デファクトスタンダードというものの危うさ、怪しさを常に感じていた。だから、Linuxにがんばってもらわなければ困ると、これは本気で思っていた。

そんな危機感が消えたのは、スマホが普及したおかげだった。モバイルデバイスは、パソコンではないが、中身はパソコンと同じだ。ネットの世界でWeb閲覧や通信にこういったデバイスが広く使われるようになって、「Windowsパソコンだけを相手にしていればいい」という空気が変わった。どんなデバイスから見てもそれなりにきちんと見えるデザインが広がり、それとともにビジネス文書に対する感覚も大きく変わった。そんな変化のおかげで、LinuxだとかMacOSだとか、Windows以外の環境が差別的な扱いを受けることも少なくなった。
だから、最近は布教的な言動はしなくなってしまった。単純に、自分自身は便利だから使う。他人がどうでもかまわない。Windowsですか、ご苦労さんですね、とは思っても、それを変えたいとは思わない。

けれど、こういう話題に接すると、「ああ、やっぱ、相変わらず世の中はLinuxを異端視してるんだなあ」と思ってしまう。


この記事は、「ああ、そりゃそうだよな」と思うだけのことだけど、ここについたブックマークのコメントが「へえ、今頃そんなこと言ってるの!」みたいなのが山盛りだった。それで、久しぶりに、布教時代を思い出すような記事を書こうかという気になった。

まず、元記事(匿名ダイアリー)の内容だが、これは「パソコンがほしい」という中学生の息子に数千円の中古Thikpadを買ってきてLinux(たぶんUbuntuだろう)をインストールしたら息子ががっかりした、というような内容だ。ツッコミどころはいくつかある。
  • 中学生になって初めてPCを買ってやるのは遅すぎないか?
  • 自分がWindowsユーザーのくせして、なぜ息子にはLinuxをあてがおうとした?
  • 中古のThinkpadのスペックは十分だったのか?

ここでウチの話をするのだが、ウチの息子は、小学校4年のときに私の使い古しのノートパソコンを与えた。もちろんUbuntuだ。非常に非力なマシンだったが、主な用途がワープロだったから、十分に使い物になった。このパソコンで息子は、小説を書こうとしていたようだ(結局は完成しなかったと思うが)。そして、2年後にまた私のお古。このときはマインクラフトをしたかったので、そこそこパワーのあるマシンが必要だった。私の買い替えどきとちょうどタイミングが合ったから、比較的モダンなノートパソコンを与えることができた。もちろんこれもUbuntu。そして去年、3Dの勉強をしたいということで、かなりパワフルなマシンを買い与えた。私の常用しているものよりもずっと優れている。それでも10万の予算でどうにかなったのだから、昔に比べたらハードウェアは安くなったものだ。

という履歴と比較してみると、上記の元記事に対するツッコミのポイントが見えてくるだろう。もちろん、PCは中学生からという考え方もあってもかまわない。ただ、これは「パーソナル」な計算機だ。そういうものを使える年齢に達したら、早いうちから渡しておいて損はない。そして、おもちゃ代わりに使う時代なら、スペックはどうでもいい。むしろ、使い潰すぐらいの感覚で接してもらったほうがいいとさえ思う。
そして、私がずっとUbuntuを使ってきている関係上、息子はパソコンとはそういうものだと思っている。むしろ、学校の授業で使うWindowsマシンのほうが変だぐらいに思っていたのではないだろうか。Windowsユーザーはそうは思わないかもしれないが、UbuntuとWindowsの違いは慣れでしかない。そして、両方のOSを眺めることで、なにが特殊で何が標準なのかの感覚が生まれていく。自分だけが特殊なことをさせられていたらそりゃあ、嫌だ。ふつうにそこにUbuntuがある状態でなければ、子どもにUbuntuは使わせられないと思う。
そして、中学生ぐらいになったら、今度はちゃんとしたモダンなスペックのマシンじゃなきゃダメだ。そりゃあそうだろう。オールドタイマーは、古臭い低スペックマシンでも誤魔化しながら使うコツを掴んでいる。中学生にそれを求めてはいけない。私もたまにセコハンショップを漁るが、自分で使ってもいいかなと思えるようなマシンは、OSなしの掘り出し物でも1万以上するし、それもたいていはどこかに難があるジャンク品だ。Ubuntu入れて最低限の使用に耐えるものは3000円も出せば手に入るが、それは私だからどうにかなるのであって、中学生には無理だ。そこそこまともに動かしたければ、中古でも2万ぐらいは出して、それから絶対にメモリは4ギガ以上に増設しなければならない。そうでなければ、快適なパソコンライフは無理。

おそらく根本的におかしいのは、「Linux=オープンソース=無料=安い」という錯覚だろう。最近では、もうWindowsだってタダみたいな値段でプリインストールされている。Linuxを使うことの主要な動機に「安いから」というのが当てはまらなくなって長い。もしもそういうイメージでいるひとがいたら、それは改めておいた方がいい。

ただ、現実に、ウチの場合、Linuxのおかげでパソコン周りの出費は非常に小さくなっている。それはOSが安いからではなく、同じスペックのマシンを使ってもLinuxの方が快適に動くからだ。まあ、異論もあると思うが、私の体感では、Windowsは重くってやってられない。同じスペックのマシンでより快適ということは、つまり、やたらとハイスペックのマシンを買わなくてもメインマシンとして十分実用的に使えるということだ。だから、私は自分用に5万以上のパソコンをこの10年買ったことがない。それが「安くあがる」本当の意味だ。

さて、「ブックマークコメント」の方だけど、いくつかコメント返しをしておこう。

> 将来的なことを考えればWindows一択だと思う。
なんで? 私は10年、Windowsなしで仕事してきてるよ。

> Linux与えるならコマンドラインを丁寧に教えないと厳しいだろうなあ。
Linuxのアドバンテージは端末開いてコマンドでいろんな処理ができることだということは否定するつもりはないけど、ずっと昔っからUbuntuはコマンド一切不要で快適に使える。私が端末開くのは、よっぽどの場合だけ。息子は一切使わない。けれど、3D関係では私よりずっとスキルが上。

> ブラウザつかえりゃ殆どの用事は済みそうだが、何が問題だったんだろうな。あと、Windowsマシンが欲しいだけなら3万円台からあるし。
ほんと、その通り。そうなってくると、「なんでWindowsにこだわる?」となるね。ChromeBookでいいじゃないとか。タブレットで十分というコメントもあったけど、場合によってはそのとおりだと思うよ。

>  マイクラでmod動かないとかだと思うが。
modの種類によっては動くようだ。基本、Javaだからね。ウチの息子はUbuntuでマイクラばっかりやってた時期があった。詳しくはこのブログの過去記事参照。

まあ何にせよ、コメントに数多くあるように、本当のニーズを把握することだよね。これがほんと、むずかしい。そのためにはコミュニケーション。話し合って、納得の中古パソコンだったのなら、きっとここに新たなUbuntuユーザーが誕生したはずなのに。それを思うと、返す返すも惜しいことをしたと思うよ。





posted by 松本 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 総記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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