2012年06月29日

メモリ増設の効能とデュアルコアの威力

以前、クリップボードマネージャに困っているという記事で、低スペックマシンでGlipperがうまく動かずに困るというようなことを書いた。クリップボードの履歴を管理するユーティリティとして推奨されているClipitがUnity環境ではバグっぽい動作をするので、その代用としてGlipperを使うのがいい。ところが、このGlipper、メモリ1Gのやや低スペックなマシンではしょっちゅう落ちる。しかたないからUnityを諦めてXfce環境でXfceのClipmanを使うことにしたというのが、一連の記事の流れだった。

ソフトウェア的な話としては以上で全てなのだけれど、出先で使っているこの低スペックマシン、他所の機械に細工をするのは申し訳ないのだけれど、勝手にメモリを増設させてもらった。わずか二千数百円、1回飲みに行けば消えてしまうほどの金額で仕事が快適になるのなら、そのぐらいのことはさせてもらいたい。増設の簡単な機種だったので、空きスロットを活用して合計2Gのメモリにアップグレードした。

さて、そうやってメモリに余裕ができてみると、特にXfceでなければならない理由はないような気がしてくる。そこでUnityに戻ってみると、以前よりも動きに余裕がある。そして、Glipperが落ちなくなった。十分に使える。

やはり、メモリを十分に積むことは、現代的なOSを使う上では重要なのだなあと改めて実感した。

もうひとつ感じるのは、やはりデュアルコアは意味があるのだなあということ。というのは、この低スペックマシンはPentiumのシングルコアのプロセッサを積んでいるのだけれど、同じオフィスの隣のマシンには発売時期としては大差ない(したがってスペック的にも大差はない)と思われるCeleronのデュアルコアのプロセッサが積まれている。ところが、同じUbuntuを使ってみると、デュアルコアのマシンのほうが圧倒的に快適だ。システムモニタを見ながら作業していると、その原因がよくわかる。通常のオペレーションではシングルコアでもデュアルコアでも特にちがいは感じないのだけれど、何かの都合で(その現場では特にネットワークの都合であることが多いが)プロセッサの利用が100%で天井にはりついてしまうようなとき、シングルコアのマシンでは処理が著しく遅くなる。ところがデュアルコアでは両方が占有されてしまわないせいか、そういった処理中でも特に不自由を感じることなく別のオペレーションを続けることができる。これは大きい。

Ubuntuは、古いマシンを復活させてくれる。これは正しい。たとえばVistaが搭載されているマシンや長期間使い続けたXPマシンにUbuntuをインストールすると、その軽快さに驚かされる。けれどまた、スペックの低いマシンではそれなりの動作しかしないのも事実だ。やっぱりスペックの高いマシンほど快適なことに変わりはない。デュアルコア、メモリ2Gはやっぱり欲しいよなあと、Ubuntuを使いはじめた頃なら信じられないような贅沢を思うこの頃だ。

posted by 松本 at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | Ubuntuでの失敗・トラブル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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