2011年08月05日

タブレットが欲しくなってしまった

iPadが発売されるちょっと前あたりから、タブレット型の端末に非常に興味を惹かれていた。iPadそのものはいろいろ制約があるのでAndroidかなあと、まともな製品が発表される以前のいわゆる中華パッドなんかの情報を一生懸命漁っていたりもした。そんな状態が1年近く続いていて、去年の秋から冬にかけて各社からまともなAndroidタブレットが発売されるようになって、急速に興味が薄れてしまった。できること、苦手なことがだいたい明らかになってきて、「その程度のことなら無理して買うことはないな」という感じで。

特に、タブレット端末の用途の中で重要なのは、電子書籍だろう。第一に電子書籍閲覧端末としてのタブレットという位置づけのものも少なくない。AmazonのKindleとか、シャープのガラパゴスとか。そして、電子書籍に対する興味は尽きないものの、当面読むだけならパソコンで十分かなという感じもして、「まあ、タブレットは後回しでいいや」と思うようになっていた。

ところが、昨日、たまたま電車に乗って出かける用事があった。ふだんは自宅事務所だから、あんまり電車には乗らない。そして乗るときには、だいたいはノートパソコンを持参して、膝の上で広げることにしている。仕事の続きを電車の中でというのは、意外にはかどるものだ。環境が変わることが気分をしゃっきりさせてくれるのかもしれない。

そして、昨日もやはり、愛用の11インチのノートパソコンを持って出た。そして仕事なのだけれど、これがちょうど依頼があったばかりの原書の下読みだった。下読みだから、キーボードに触る必要はない。読みやすければいい。

そこで、PDF書類でもらっている原書をevinceで開いて読み始めたのだけれど、ふと気がついて画面を90°回転させて、ノートパソコンを本を開くような形で持って読んでみた。これがなかなか読みやすい。

ほとんどの本は、1ページが縦長の紙だ。だから、モニタ画面を縦にするのは、読書ということからいうと非常にいい感じになる。これは、やってみるまで気がつかなかった。

もちろん、その昔、DTPをやっていたころには、縦長モニタの使いやすさは十分に感じていた。だが、それはそれだ。本をつくるのと読むのとではまたちがう。DTPの作業ではパレット類を散らしておく関係上、横長は横長で価値がある。読書の場合、そういう都合もないから、ほんと、縦長画面は予想以上にユーザビリティに優れている。

そうか、タブレットの利点は、タテヨコに切り替えて使えることなのかと、頭ではわかっていたつもりの理屈が、実際にやってみてようやく体感できた。こうなると、ノートパソコンで擬似的にそういう環境を作るよりも、やっぱり軽量のタブレットが欲しくなる。だいぶ安くなってきたなあと、懐具合も考えずに物欲が頭をもたげてしまう。
posted by 松本 at 17:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 総記・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする