2007年02月25日

終わりそうで終わらないMacintoshでUbuntu

Ubuntuの次期バージョンはFeisty Fawnと呼ばれることになるようだが、このリリース予定は4月19日、β版のリリース予定は3月22日である。なぜこんなことをチェックしているのかというと、入手が遅れているPC機のスタートは、同じことなら最新のバージョンでと思っているからだ。β版のOSを仕事で使う機械に入れるのは恐いことでもあるが、これまでのUbuntuの使用感からくる信頼が、その気にさせてくれる。この日程を公式サイトで見ていて気がついたのだが、現在リリースされているα版には、ちゃんとPPC版がX86版やAMD64版と並んでアップされている。公式サポートからはずれたというニュースはあったけれど、なんだ、これまでと同じじゃないか。公式のに文字は消えても、今後もある程度のサポートは続くのだろう。終わりそうで終わらないPPCへのUbuntu対応である。同様に、このブログも、何度も「もうじき終わる」と書きながら、いっこうに終わらない。単純にPC機の入手が遅れているからなのだが、ハードウェアの変更を当て込んで用意した新しいブログに書くことがなくて困っている。一般論でゴタクを陳べたって、誰も面白いとは思ってくれない。やっぱり実体験でないと説得力がない。困ったことだ。そして、たぶんあと半月から1ヶ月、この古いiBookをまだ使いつづけなければならないから、それなりに手を加えなければならなくなってくる。例えば、数日前、以前の6.10へのアップグレード時にあえてインストールしなかった検索のBeagleを改めていんストールした。やっぱり、ないと不便だから。こんなふうに、使いつづけると、それなりに動きが出てくるのがパソコンの宿命だろう。なんだか締まらない話だが、そういうことでこのブログ、もう少し続く。本題が終わったら、別テーマに模様替えして使いつづけるかもしれないが、それはまだ未定。ブログって、あんまり好きなスタイルじゃないから。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(1) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月20日

TeaとTed

MacintoshからUbuntuへ移ってきて、実際には「すべてハッピー」というわけではない。総合点ではどうみたってUbuntuなのだが、いくつか不満足な点は残っている。そのひとつが「軽いワープロ、あるいは少しのレイアウトができるテキストエディタ」が見つからないということである。KDEのKOfficeはいい線をいっていたのだが、やっぱりいまひとつ満足できない。とりあえずはOpenOfficeを使っているのだが、これはMS Wordのクローンだけあって、MS Wordの嫌なところすっかり引き継いでいる。私としては、ワープロ的な発想よりもエディタ的な発想から出発している方が、原稿書きをする場合にはより好ましい。私の理想はMacintosh、Windows両方のバージョンがあるiTextなのだが、Linuxのエディタのほとんどはプログラマが喜ぶような機能に特化していて、こういう物書きが喜ぶような機能を付けてくれているものはいまのところ見出せないでいる。以前にもこの話はしたし、そのときにもう「しばらくはいいのが見つかりそうにないなあ」とあきらめていたのだが、また欲が出てきて2つほどエディタをインストールしてみた。いずれもrtfが扱えるということなので、期待したわけだ。Tea(あるいはTeaed)は、センスがなかなか気に入った。単語を出現頻度順に数えてくれたり検索や置換の機能が充実しているなど、それなりに素晴らしい。けれど、「簡単なレイアウトぐらい付けたい」という欲求には対応していなかった。HTMLを書くことはできるが、WYSWYGで表示はしてくれない。rtfの対応も、それが「読める」というだけで、表示や入力に対応したものではなかった。geditの代わりに使ったら面白いかもしれないが、それだけのこと。Tedは、その点、rtfの表示と入力にきっちり対応していて、軽量ながら十分にワープロ的な使いかたができる。これはいいなあ、と思っていたら、日本語には対応していない。マニュアルを読むと多言語の文字エンコーディングに対応させる方法もあるようなのだが、ややこしくってわからない。設定ファイルをいじれば済むような気もするが、じゃあどうやったらいいのかという具体的なことがわかりにくいマニュアルだ。私もよく人から「文章で書かないで箇条書きにしてくれ」と苦情をいわれることがあるのだが、おそらくこのTedの作者も、私同様にだらだらと細かいことから書いていかないと要点にたどり着けない頭の構造をしているらしい。膨大なマニュアルを読み解くだけの力がなかったので、Tedもボツ。ということで、原稿書き用のエディタへの探索はまだまだ続く。たぶん、もうじきPC環境になるから(予定がさらに遅れてまだ1ヶ月ぐらいかかりそうだけれど)、きっと選択肢も増えることだろう。期待している。
posted by 松本 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

コメント欄(本題とは無関係ですが)

使っていない掲示板への書き込み(スパム)がうっとうしいので、しばらく前に書き込み禁止にしていたら、コメントも書き込めない状態になっていたのに今日気がついた。なんだか不自由な設定だなあ。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月16日

電池復活!

iBookのバッテリーが消耗して寿命を迎えたらしいということを少し前のエントリーで書いた。残念だけど2年はまあ文句の言えない長さだろう。
間もなく(といってから長いが)PCを替えるわけだからもう構わないといってもいいのだが、それでもバッテリーを交換したらいくらぐらいになるのかを検索してみた。こういった消耗品は値段が下がらないもので、あいかわらずけっこう高い。セルの交換というのもあって、こっちの方が3割ほど安く上がる。セルの交換の場合、古い電池を送りつけることになる。同じ送るのなら純正品の方がいいかなと思った。現在のサードパーティ製の電池に交換する前に入っていたもともとの電池が、そのまま捨てることもできずに引出しの奥に眠っていたのだ。この電池を取りだしたとき、ふと思い付いてiBookにとりつけてみた。もちろん、電池は空っぽで、最初は電池があることを認識さえしないような状態だった。それがそのうち認識されるようになり、充電が完了。けれど、電池で使ったらものの10分ももたずに放電してしまった。ダメなものはやっぱりダメらしい。けれど、なんとなく未練が残って、充電と放電を繰り返してみることにした。すると、3度目ぐらいになって、バッテリが復活したのだ。なんと、バッテリだけで2時間半も稼働した。それも、画面の明るさを最大にするかなり電池を消耗する使いかたでこの時間だから、完全復活といってもいいだろう。ふつう、バッテリが生きている状態で、画面の明るさを最低に保ってモバイルで使って、このiBookはだいたい3時間もつ(14インチタイプだと4時間なんだが、12インチは電池も小さいせいか稼働時間も短い)。だから、2時間半の稼働は立派。10年も前には、バッテリの履歴についてけっこういろいろといわれたものだった。最後の最後まで使いきらないと、履歴が残って寿命が短くなると。しかし、最近の電池では、使いはじめにちょっとポイントはあるものの、基本的に履歴は気にしなくてもいいことになっている。逆に言えば、履歴を消すような努力(今回のように完全放電と充電を繰り返す)では電池は復活しないことになっている。しかし、現にこの電池は復活した。やはり、履歴なのだろうか? よくわからない。それについて、思い当たることがないわけではない。というのは、もともとついていたこの電池、私の前の所有者はほとんどモバイルをしなかったから、電源につなぎっぱなしで使っていた。基本的に電池が放電することは、コンセントのメインスイッチを入れ忘れたときぐらいしかなかったわけである。非常に浅い充電と放電を繰り返して消耗していった。だから、私が譲り受けた段階で、見かけの上では完全に寿命になっていたバッテリだったが、実際にはそれほど消耗はひどくなかったのかもしれない。だからこそ、昔懐かしい放電と充電の繰り返しで復活できたのかもしれない。もうひとつ、MacOSを使っていたときには、実は「完全な放電」は実質的に不可能だった。というのは、バッテリで駆動していると、バッテリ残量が一定値以下になると、自動的にスリープにはいってしまうからだ。スリープ状態での使用電力はわずかなので、実質的にこの状態ではバッテリの放電は進まない。だから、「最後まで使いきる」ことができないわけだ。Ubuntuの場合、バッテリ残量が少なくなってスリープに入るかどうかは、gnome-power-managerを使って自分で設定できる。スリープせずにシステムが落ちてしまうまで使いつづけるという設定もできるわけだ(残り何%でスリープに入るのかというような細かい設定も、「設定エディタ」を使えば設定できる)。もちろん普段はMacOS同様に残りが少なくなればスリープするように設定しているのだが、使いきろうと思えばこの設定を変えることで使いきってしまうことができる。だから、電池が復活できたのは、Ubuntuのおかげといっていいのかもしれない。それとも、2年も手を触れずに放っておいたことが案外よかったのだろうか。難しいことはよくわからない。それに、復活した電池が、実際にあとどのくらい使用に耐えるのかもわからない。でも、とりあえずは素直に喜んでおくことにしよう。そうそう、この「完全放電と充電」を、先日消耗したばかりの電池にもやってみたけれど、こっちは復活しなかった。消耗の度合がちがうからなのか? それともこの電池も2年も放っておいたら復活するのだろうか。わからない。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月15日

Dilloには気づかなかった。

私の仕事はさまざまな半端仕事が絡んでくるのでそのときどきによってやっていることはずいぶんちがうのだが、ここしばらくはかなり大分量の翻訳にとりくんでいる。ということで、使うアプリケーションとしてはワープロかテキストエディタ、それにブラウザが主要なものとなる。ワープロは翻訳文を入力していくためのもので、ブラウザは調べ物をするためのものである。調べ物でつかうのは、実際には半分は辞書サイト、半分はGoogleなどの検索エンジンである。その中間的にWikipediaなどの半ば辞書、半ば検索といったサイトもちょくちょくと使う。以前には翻訳といえば辞書を机の上に積み上げたものだが、現在では滅多に辞書を開くことはない。その代わりに使うのが辞書サイトで、これは申し訳ないと思いながらほとんどを英辞郎の御世話になっている(いつかEDP会員になって御恩返しをしますから…)。ここで調べがつかないときや情報が不足するときには、検索サイトに移る。ということで辞書サイトの利用が過半を占めるのだが、そのときに重要なのはサイトがきれいに表示されることではなく、素早く結果が表示されることである。レイアウトが崩れようと画像表示が出なかろうと、とにかく訳語がすっと出てくれればいい。実際、Macintoshをあきらめた理由のひとつが、こういった辞書サイトの再描画にかかる時間が長すぎるということだった。同じFirefoxでもUbuntuのほうがすこし早いのでその点だいぶ助かってきたが、本当はもっと早い方がいい。そこで画像表示をオフにするなどの工夫をしたこともあったが、そうすると今度は辞書サイトで調べがつかないときに検索サイトで情報収集する際、不便になる。いちいち設定を切替えるのも面倒だ。そんなとき、ひょんなことからDilloというブラウザを知った。いや、以前にも一度試しにインストールしようとしたことはあったのだが、JavaやSSLはおろかフレームにも対応しないということで「使えないや」とやめていた。けれど、辞書サイトを見るだけなら、それでもかまわない。そして、評判によれば「非常に早い」。だったら試してみるかとインストールしてみた。確かに早い。辞書サイトなら、一瞬で、結果が帰ってくる。これはいい。もちろんこのブラウザで検索サイトを見ると、検索結果まではよくても、そこから先の情報の取得に問題が出てくる。アプリケーション内の文字は化けているし(いっそ英語ならいいのに、中途半端に日本語化されていて、その日本語が文字エンコーディングの問題で化けてしまっている)、やれることがあまりないから、メインで使うには無理がある。しかし、辞書専用で使うなら、これは仕事の効率を上げてくれる。思わぬ盲点だったが、ブラウザを2種類併用するというのは、案外と正解かもしれない。おもしろいのは、このDillo、携帯にも対応していて、発信元の情報を携帯から閲覧しているように変えることができることだ。「このサイトは携帯から御覧ください」としてシャットアウトされていたサイトにも、アクセスすることができる。これは場合によっては役立つかもしれないな。
posted by 松本 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月14日

PPCサポートの終了(続報)

昨日書いたUbuntuのPowerPCへのサポート終了について、詳しい記事があった。
http://www.linux.com/article.pl?sid=07/02/13/1943218
予算がないから次のバージョンからはPPC版は「非公式」バージョンとなるということ。完全になくなるわけじゃなく、公式バージョンから除外される(つまり有料サポートの対象から外されるのと、セキュリティアップデートの配布なんかでたぶん差がついてくるのだと思う)。将来的に予算がついたらPowerPCへの対応を復活させる可能性はあるというのは、まあゲーム機なんかを睨んでのことでしょう。まあ、このブログも公式には終わったようなものだけど、過去の記録は残るわけだし、それにはそれなりの価値はある。それに、今後も多少はオマケ的なエントリーが入っていく。Ubuntuそのものとなんだか似ているよなあ。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月13日

またも、少数派の悲哀

きちんとした出所を確認していないのであくまで噂に過ぎないのだが、Ubuntuの次期バージョンから、PowerPC(つまりはIntel Mac以前のMacintosh)のサポートが外れるらしい。現行のバージョン(6.10)のサポートはしばらく継続されるとはいえ、PPCはLinuxからも見放されていくらしい。もちろん、全体的な流れでは、おそらくPPCへのLinux対応は今後も進展していくだろう。それはPS3やWiiなどのゲーム機がPPCを採用しているからだ。こちらの方面の動きは今後も目がはなせない。しかし、Appleの一世代前のMacintoshは、どうやらいったん退場を宣告されてしまったらしい。Ubuntuのフォーラムを初めてのぞいたとき、「マイナーなMacintoshユーザーの中に、それ以上にマイナーなLinuixユーザーがこんなにもいるんだ!」とびっくりしたものだったが、それでも大きな流れの中では、やっぱり「少数派の中の少数派」ということになってしまうようだ。残念なことだけれど、私自身、もうじきPCへ移行するということで、この流れに巻き込まれてしまっている。時代には抗えないよねえ。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

PCでXubuntu

このブログ「MacintoshでUbuntu」をもうじき終わりにしようと思っているのは、もうすぐ中古のPC機に乗り換えるからだ。OSはXubuntuを予定している。そうなったら「PCでXubuntu」にタイトルが変わってしまうのだが、それでは何の面白みもないから、趣向を全く変えて新しいブログを作ろうと思っている。いちおう、新しいサイトを用意した。http://rblog-tech.japan.cnet.com/xubuntu/この中古PC(Dell製)、諸事情が重なりに重なって予定から1ヶ月遅れてもまだ私の手元には届かない。おそらく今月末か来月頭には届くだろう。そうなったらこの新しいブログを本格稼働させるのだが、そういうことなのでまだ試運転状態である。いやはやタイミングは難しいものだ。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月07日

オープンソースの力?

昨日書いたファイル復旧ソフトのPhotoRecであるが、見事にその役割を果たし、失われたファイルのかなりの部分を復旧することができた。ファイルのサーチにかなりの時間を消耗したが(途中で寝てしまったのでわからないが、たぶん数時間)、有償のソフトではすっかり文字化けてしまっていたり開くことができなかったファイルが、ちゃんと読めるような形で保存されていた。残念なのはディレクトリ構造が失われ、ファイル名もすっかり書き換えられてしまったことで、数千個もあるファイルからどれが必要なものか選り分ける作業をしなければならないことだ。このあたりは商業的なソフトの方が成績がよかったが、読めないファイルを復活されても意味はないので、やはりPhotoRecに軍配を上げるべきだろう。今回はたまたま相性の問題だったのかもしれないが、こんなふうにオープンソースのフリーのソフトの方が販売されているソフトよりも優秀なことが少なくない。なぜそうなるのかはプログラマにでも聞かなければわからないが、事実として商業的なソフトの方が優れているということはない。オープンソースか否かは、ソフトの品質とは無関係な属性のようだ。考えてみたら、私がUbunutuを使っているのも、それが「タダ」だからというのが第一の理由ではない。第一の理由は、もともと使っていたMacOS(10.2.8)よりも早いからということだ。コストで選んだのではなく、パフォーマンスで選んだらこうなった。それがオープンソースの力なのかどうなのか、実際のプログラミングのわからない私には確としたことはいえない。けれど、そうだという議論があったら、その傍証ぐらいにはなるだろうと思う。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月06日

削除ファイルの救出

これはWindowsの話題になってしまうのだが、うっかり削除すべきでないファイルをバックアップの手順を間違えて削除してしまった。その失敗は取り返しがつかないのだが、多少でも状況を改善するために、ファイル復旧ソフトというものが各種出回っている。Windowsのフリーソフトのアーカイブであるvectorで検索したらいくつか出てきた。いずれも有料のものだ。とりあえず試用版をひとつダウンロードしてみた。ディスクにサーチをかけると、削除したファイル名が全部出てくる。ほっとして数千円を払って正式に登録し、さて復旧してみると、復旧したファイルはほとんどが壊れていて話にならない。がっかりしてしまった。そんなことからふと思いついて、Linuxで復旧ソフトがないかどうかsynapticで検索をかけてみた。すると、けっこうある。そのうちのいくつかはLinuxのファイルシステムでしか作動しないようだが、Windowsのファイルシステムでも動作するものもある。Mondoというのはよさそうだが、あいにくとPPC版がない。PhotoRecというのは使えそうだということでサイトに行ってみたら、Windows版やMac版もある。今回の事故はWindowsでのことだから、Windowsでこれを使ってみようと思う。有料の復旧ソフトは、回復できなかったときの「金返せ!」という腹立たしさが付きまとうが(もちろん復旧ソフトで完全な回復などできはしないというのは最初からわかっているのだが)、Linuxのオープンソースならそんな不愉快さは味わわずに済む。たとえ復旧がうまくいかなくても、精神衛生にはいい。まあ、こんなところでフリーソフトの効能をいうのは邪道なんだけれど。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

バッテリーの寿命

このiBookを譲り受けたのは2年と少し前、その段階で、既に3年使われていたバッテリーは寿命が尽きていた。バッテリーで駆動させようとすると、5分ももたない。これでは使いものにならないと、サードパーティ製の電池を購入した。わずか3年でもう、純正のバッテリーは姿を消していたのだ。まあ、どうせAppleだって自社で電池を作っているわけではないから、純正品にこだわることはない。電池の寿命は、使い方によって変わってくる。なんでもリチウムバッテリーは、使いすぎても使わなくても、寿命が短くなる。まあ2年ぐらいが目処だろうと新しい電池を買ったときに使用説明書を読んで考えた。そして、その2年が過ぎて1ヶ月たたないうちに、急速に電池で動く時間が短くなった。やっぱり寿命がきてしまったのだ。今度もらうことになっているラップトップは、モバイルには少し重すぎるいわゆるデスクノートだ。だからこれからもモバイルではiBookを使いつづけようと思ったのに、残念だ。たかが電池、されど電池。やれやれ。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月04日

Gnashはとりあえず削除

バックポートからGnashをインストールして「Flashが見える!」と喜んでいたのだが、いったんGnashは削除することにした。おそらく私のシステムのメモリが十分でないことと関係するのだと思うのだが、まだ十分に完成しているとは言いがたいGnashを使用していると、頻繁にFirefoxが落ちてしまうからだ。ときにはデスクトップ環境そのものが落ちてしまったり、ひどいときにはシステムが制御不能になってしまう。これでは仕事に差し障る。Flashが見えることのメリットと仕事が止まってしまうことのデメリットを天秤にかけて、とりあえずもとの安定した環境に戻すことにした。削除して数日たつが、削除してからは快調だ。やはり基本機能がしっかりしていることがいちばん。もう間もなく新しい(中古の)ラップトップに乗り換えるので、このiBookの環境に手を入れることもないのだが、そうはいっても日常の仕事には差し支えないよう、最後まで任務を全うしてほしいと思っている。このブログは、私がiBookを手放すときに終わる。「MacintoshでUbuntu」というテーマからいって、それ以上書くことがなくなるからだ。ただ、おそらく来週にも行う新しいハードウェア(Dell製)への移行後も、少しは書くテーマが残っている。それは、新しい環境に移行したら、使わなくなったこの環境で、MacintoshとのデュアルブートやXubuntuのクリーンインストール、Edubuntuなどを試してみたいからだ。それらをひと通り試し終わったところで、このブログはめでたく終了となるはずだ。ただ、私とLinuxの付き合いは始まったばかり、これからまだまだ面白くなっていくと思う。だから、場を変えて新しいテーマで、新しいブログを書き綴っていこうと思う。現在その準備中。新しい場が決まったら報告しますので、是非そちらでもよろしくお願いします。
posted by 松本 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | MacintoshでUbuntu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする