2006年09月24日

PCでUbuntu?(2)

昨日の続きになるが、Ubuntuをインストールしようとして失敗した古いPC機、そういえばXubuntuという手があったなと思って、XubuntuのCDをダウンロードしてみた。実際にはUbuntuのCDからでもXubuntuはインストールできるはずなのだが、失敗の後でCD-RWを潰してしまっていたので、改めてダウンロードした。結果、Xubuntuならばこの低スペックの機械でも立派に起動した。これは嬉しかった。それならばと、HDにXubuntuをインストールしようとしたのだが、やはりこれはメモり不足なのか途中で何度もインストーラーがこけて、最終的にダメだった。サイトによるとおよそ192MBのメモリがインストールディスクからインストールするためには必要なようだから、やっぱりスペック不足だったのだろう。
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2006年09月23日

PCでUbuntu?

このブログの趣旨からは少しはずれてしまうのだが、昨日、現在Win2000を積んでいるPC機にUbuntuをインストールしようとしたので、その報告。この機械、5年ほど前に友人から妻がもらった自作機で、当時としてもスペックはやや低めだったから、最近ではかなり遅く感じるようになり、去年からは使用を止めていた。そこで私の万一用の予備機として置いてあったのだが、ほとんど使わないので処分することにした。処分する前にどうせハードディスクのデータは消すのだし、だったら遊びでUbuntuをインストールしてみようと考えたわけだ。まず、インストールディスクのダウンロードだ。これは、日本語版サイトから行った。かなり時間がかかるがともかくダウンロードが終わる。これをCDに焼いて、そのまま再起動したら、このPCの設定がCDドライブを起動ディスクとして優先するようになっていたらしく、見慣れたUbuntuの起動画面になった。CD起動特有の遅さはあるのだが、順調に進んで、OSそのものは立ち上がった。そこからデスクトップの起動にはいって、nautilusなどのアイコンが出てくるところまでは順調。ところが、そこから先、いよいよデスクトップが表示されるという直前になって、いつまでも進まない状態になってしまった。かろうじてツールバー(パネル)の形だけは見えるが、アイコンもテキストも、なにひとつ表示されないまま、虚しく時間が過ぎていく。何度かトライして、結局あきらめた。おそらく、メモリの不足が原因ではないかと思う。CDからの起動では、通常の逆で、メモリを仮想ディスクとして使用する。だから、HDを仮想メモリとして使用する普通の起動よりもずっとメモリを消費する。このPCはメモリの搭載がわずか80MBだったと思うから、たぶん足りなかったのだろう。もしそれが原因なら、デスクトップを起動せずにTerminalからコマンドラインでインストールするという手もあったと思う。しかし、遊びでやるのにそこまで時間をつぶしたくなかったので、これでUbuntuは断念した。なお、同じようにCD起動できるLinuxとして、Knoppixがある。今度はこれをダウンロードして同じように処理してみたら、Knoppixはちゃんと起動した。同じDebian系のディストリビューションだから、ハードウェアとの相性という点から見ればUbuntuでも起動できないはずはないと思う。それができなかったのは、やはりメモリ不足なんだろう。ただ、このKnoppix、ハードディスクへのインストールにはコマンドラインを使わなければいけないので、インストールはしなかった。いや、やろうと思ったけれど、ハードディスクの容量が不足して、できなかった。この話は長くなるし、このブログの趣旨からもさらにはずれていくので、止めておこう。PCでUbuntuは、私に関しては失敗だった。それでも、ほとんどの機器に実質的に対応していることがわかったのは収穫だったかもしれない。将来のアップグレードのためにも。
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2006年09月22日

スキャナは動かなかった

Ubuntuが問題なく稼働していると、書き込むネタも少なくなり、書き込まねばという意欲も減退する。それはそれとして、ひさしぶりに文書をスキャンする必要が生じ、では、スキャナを使ってみようと思った。Ubuntuにしてから初めてである。もともと、私の使っていたスキャナは、故障があって処分していた。妻がプリンタとスキャナの複合機を使っているので、このスキャナが使えないかと思ったのだ。ちなみにキャノン製のこの複合機、Macintoshには対応していないが、Ubuntuにしてからプリンタとして使ったときには、なんとか稼働した。縮小プリントされるというバグはあって実用上の問題はあったのだが、ともかくも稼働した。だから、スキャナもなんとかならないかと思ったのだ。結果を先にいえば、スキャンはできなかった。使用したのは、「アプリケーション」メニューにはいっている「X Scan Image Scanner」である。スキャナをUSB接続してこのアプリケーションを立ち上げたが、スキャナを読み込むことができず、立ち上げ段階であっさりと終了してしまった。Ubuntuにして、周辺機器の使用はMacintosh以上に楽になった。しかし、今回はそうはいかなかった。なかなかうまい話ばかりではない。
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2006年09月13日

ちょうどいいテキストエディタ・ワープロはなかなかない

Ubuntuにしてから少し困っているのは、ちょうどいいテキストエディタ、ワープロがないことだ。私の仕事のかなりの部分は、文字入力が占めている。だから、ツールとしては、MS Wordのような多機能なワープロよりも、軽快に反応するテキストエディタの方が適している。複雑なレイアウトが絡んでくる仕事だと、今度はワープロレベルでは間に合わず、Indesignのようなレイアウトソフトが欲しくなる。とはいっても、テキストを入力していても、ちょっとした手紙なんかだったらテキストエディタからそのままプリントアウトしたくなる。だから、テキストエディタとはいえ、書体やフォントサイズ、行間などの簡単な書式設定はできるようになっていればありがたい。ところが、Ubuntuに搭載のテキストエディタは、入力は軽快で普通に使っている分には不都合はないのだが、書式設定は一括でしか行えない。タイトルだけ大きくとか、ここは右詰めでといったごく簡単なレイアウトでさえできない。完全に文字入力に特化している。そして、その上のものといったら、もうOpenOfficeしかない。しかし、これは機能が多すぎて、普段づかいのテキストエディタとして使うには勝手が悪い。いくらMacintoshのNeoOfficeよりは圧倒的に早くなったとはいえ、やっぱりメモリ食いには変わりなく、起動に時間がかかるし、先に初期設定ファイルを処分する前にはメモり不足でツールバーの表示が操作中に消えてしまうという始末だった。たまにちょっと複雑な作業をするときにはOpenOfficeでいいが、私の環境では毎日使うものではない。このOpenOffice、上記のように、複雑なレイアウトに使うわけだから、私はいうなればレイアウトソフトとして使っている。しかし、本格的なレイアウトソフトとして使うにはやっぱり機能が劣る。こっちのほうも、私の必要性からは、やっぱり機能がずれている。ということで、テキストエディタもワープロも、それぞれもうほんのわずかずつ高機能側に寄っていてくれると助かるのだが、そうなっていない。別のアプリケーションを探してみても、いまひとつだ。たとえば、Scribusが縦書が扱えないなどの不足があることは、以前にも書いた。KDEのKwordが、あるいは使えるかもしれないとおもって試している。少なくともOpenOfficeよりは軽いようだ。いっぽう、機能は、たとえば縦書ができないなど、OpenOfficeよりも劣る。だから、レイアウト機能のついたテキストエディタ程度の使いかたができないかと期待しているのだが、デフォルトの保存設定がテキスト形式ではないから、やっぱり使えないかもしれない。もう少しだけ試してみよう。私が欲しいテキストエディタは、MacintoshネイティブでWindows版もあるiTextだ。このフリーウェアの作者は非常にセンスがよくテキストエディタの軽量さと使い易さを損なわずに、簡易ワープロの機能を盛りこむことに成功している。こういう優れたソフトが入手できないのは、Ubuntuを使っていていらいらするところだ。やっぱり次のアップグレードではMacintoshに手が出るのかなあ。お金がないから、もうしばらくUbuntuは続くけれど。
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2006年09月12日

Anthyの再変換機能

Scim-anthyは非常に優れた変換システムなのだが、欲をいえばさらに難がないわけではない。たとえば、学習機能がないわけではないのだが、それは単語の選択レベルまでで、漢字の変換区切りは何度同じことをやっても学習しないし、単語辞書にも自動学習辞書はない。Macintoshのことえりでさえ、ちょっと複雑な変換を何度か続けてやると、それが自動学習辞書に登録される。Anthyにはそれがない。まあしかし、これは誤変換を辞書登録されてしまうといううっとうしい問題が発生しないぶん、かえって楽でもある。実際、かつてMacintoshはOS7.1のころにことえりにあった自動学習機能を、OS7.6のころにはいったんやめている。いつからいつまでと正確にはチェックしていないのだが(何せこの時代はことえりの馬鹿さ加減に嫌気をさしてAtokを使っていたので)、ともかく中途半端な自動学習機能はかえってスムーズな変換の妨げになる。
Anthyが優れているのか、辞書のkasumiが優れているのかわからないが、ともかくもscim-anthyでは変換がかなり正確に行われるため、自動学習機能がないという欠点は、「欲をいえば」というレベルにしか感じなかった。しかし、もうひとつ、再変換ができないという欠点は、どうにももどかしかった。キーボードの操作ミスで変換前のひらがな入力したものがそのまま確定されてしまうというミスをたまにおかしてしまう。こんなとき、Macintoshのことえりなら、入力部分を選択して再変換すれば問題はない。ところが、この機能がないと、また一から同じ文字を入力しなければならなくなる。いや、再変換は、scim-anthyでは実装されているはずである。anthyのサイトに行ってもそう書いてある。GTK2以上ということだが、それはUbuntuではクリアしているはずだ。しかし、再変換にこれまで何度かトライしたけれど、うまくいかなかった。これは、キーバインドの問題だろうと、以前から見当をつけていた。デフォルトで再変換は、shift+Henkanに設定されている。しかし、MacintoshキーボードではHenkanキーが無効になっているので、これを別の設定に変えなければならない。自分にとって楽なのは、Macintosh風にshift+spaceにすることだ。しかし、この組み合わせは、scimのオン/オフに割り付けられている。そこで、この割り付けをはずして、改めて設定してみた。けれど、再変換は作動しない。以前はここであきらめてしまっていた。しかし、これはどうも、浅はかなことだったようだ。shift+spaceは、ローマ字入力で半角スペースの入力が割り付けられているようで、そちらが優先して効いてしまう。だから、それ以外のキーの割り付けも試してみるべきだった。実際、shift+F1で割り付けてみたら、見事に再変換が動作した。なあんだという感じである。これでますます、scim-anthyへの信頼感は強まった。いよいよMacintoshに戻ろうという意欲が削がれていく。本当にMacintoshに戻れる日はくるのだろうか?
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2006年09月11日

GIMPはいいかもしれない。

しばらく画像をいじるような仕事が入っていないので、Ubuntuに搭載された画像処理ソフトの使い勝手を判断するような材料がなかった。GIMPは定評もあるし、何度か開いてみた印象も悪くなかった。だから、けっこういけるのではないかと思っていた。昨日、仕事ではないのだが、画像をいじる必要が生じて、ようやくGIMPを少し使ってみた。なかなかいい。初期画面で画像が選択状態になっているように見えるのはちょっとやりにくいし、ツール類の切り替えも慣れないせいか煩雑に感じる。使い慣れたPhotoshopとショートカット類もちがうし、欲しいツールがない(というか、使いはじめで見つけられないだけかもしれない)のもうっとうしい。しかし、その一方で、「おや、こんな便利な機能もある」とか、「このパネルは使い易いな」といった特徴があちこちにある。特に、処理の進行を示す表示がウィンドウ下端にあって、取消ボタンがそのすぐ横についているというレイアウトは好ましい。処理中のダイアログが画像を隠さないからだ。まだまだ使い込めばいろんな特徴がわかってくると思うが、これはけっこうPhotoshopよりもいいのかもしれない。実際、Photoshopは安くはないから、もうすっかり時代遅れの古いバージョンのものや、やや新しいけれどプロ仕様ではないもの、1ヶ月しか使えない試用版などのつぎはぎで仕事をしてきた。それで不足するところは、ImageJのようなフリーソフトを使っていたのだが、どうにも使い勝手が悪かった。「ちゃんと最新のPhotoshopを買えよ」という声が聞こえてきそうだが、私のようにグラフィック系はメインではなく、かといって年に一度か二度は使わねば仕事ができないような状況が訪れるという半端なユーザーには、AdobeのDTP三つ道具をそろえるのはやっぱり負担になるのだ。
そんな私にとって、GIMPは救いの神かもしれない。現在では、MacintoshにもGIMPは対応している。ただし、OSX10.3以上だったはずだ。10.2.8で止まってしまったMacintoshユーザーの私には、手が届かない存在だった。それが使えるようになっただけでも、Ubuntuに感謝かもしれない。
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2006年09月08日

いったん初期化

先日XubuntuとKubuntuを入れて以来、どうにも本来のGnomeの動きが遅く感じていた。おまけに、scim-anthyの設定がおかしくなり、変換ウィンドウの選択中の候補が強調表示されないというバグが出ていた。そのほかにも設定のおかしいところはあったのだが、これについてはホームフォルダ内にある「.scmi」という設定ファイルを捨てて再起動すると、もとに戻った。しかし、この強調表示のバグだけは何度やっても無理だった。そのほか、power-managerの表示もいまひとつ。どうも全体的におかしい。そこで、思いきってGnomeの設定を初期化してやろうと思った。といっても、クリーンインストールみたいな手間なことはしたくない。初期設定ファイルを、scimだけでなく、すべていったん捨ててみようというのだ。まず、ホームフォルダを開き、隠しフォルダを表示する。この隠しフォルダをいったん別のフォルダにすべてまとめて移しておく。それからいったんログアウトし、再ログインすると、懐かしい最初に見たUbuntuの画面が復活する。ここから、設定メニューを次々開いてカスタマイズしていく。以前に慣れていた環境が慣れてしまったせいで気に入っていたので、基本的にはそれに戻していく。入力システムの設定を終わってscim-anthyを使ってみると、今度はバグもない。全体的に、元通りにレスポンスも早くなったような気がする。さて、古い設定ファイルだが、これを捨ててしまってはいけない。まず、「.anthy」の設定フォルダには、ユーザー辞書やこれまでの変換の学習ファイルが入っている。そこでこれは元のhomeフォルダ内に戻してやる(新しいフォルダができている場合には入れ換えてやる)。それから、「.mozila」フォルダにはブラウザのブックマークやキャッシュ、設定などがあるからこれも復活する。「.mozila-thunderbird」には大切な過去メールがぎっしりつまっているから、これも復活。それから、「.gconf/desktop/gnome/connected_server」にはWebページをアップしてあるサーバーへのショートカットが記録されているから、これも所定の場所に復活する。これでほぼ、問題ないだろう。XubuntuやKubuntuを使っても、同じユーザーアカウントからログインすれば同じファイル群が使えるから、非常に便利に感じた。しかし、同じアカウントを使うということは、同じhomeフォルダに複数のデスクトップシステムの初期設定ファイルをため込むということであり、つまりはコンフリクトを起こす危険性を抱えこんでしまうことでもあるようだ。今後、もしハードウェアをアップデートするようなことがあったら、KubuntuやXubuntuにはもういちど挑戦してみたいと思っている。しかし、その場合には、安全のためにもユーザーアカウントは別にしておいた方がいいんだろうな。
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2006年09月06日

デスクトップ検索について

以前、「Ubuntuにはいいデスクトップ検索がない」と書いたが、ヘルプメニューのなかにはいっている「Ubuntu Bookからの抜粋」という文書を見ると、お薦めのソフトのなかにBeagleというデスクトップ検索ソフトが紹介してある。なあんだと、synapticを開いて検索をかけると、ちゃんと出てくる。以前にsynapticで検索したときには、検索条件の設定が悪かったのだろうか、見つけられなかった。少し悔しくもある。ともかく、このBeagleをインストールする。ところが、インストールしたBeagleが、どこにあるのだかわからない。あちこち探しても表示されていない。これまでもそういうことはあった。インストールしたアプリケーションは、Ubuntuがサポートしているものは、だいたいインストール後にアプリケーションメニューに自動で登録される。しかし、たとえばKDEのKOfficeのように、インストールしてもどこにも出てこないものもある。こういう場合は、ファイルシステムのusrのなかにあるbinを探す。最初はいったいプログラムがどこにあるのかわからなかったが、あちこち探している間いに、どうやらアプリケーションのプログラムはだいたいこのbinフォルダに格納されているらしいということがわかった。ここから起動できるし、aracarteを使えばアプリケーションメニューに登録しておくこともできる。しかし、Beagleはどこを探しても出てこなかった。探し方が悪いのかもしれないが、これでは使えない。残念と、いったんはあきらめた。ところが、ひょんなことから見つかった。ファイル検索をしようと思って、メニューバーから検索を探したら、ファイル検索のほかに、「検索」というメニューがある。どういうことかと思って開いてみたら、これがbeagleだった。なあんだ。さっそく使ってみる。まだ完成版ではないということだが、十分に機能を果たすようだ。いろいろ試しに使ってみるが、なかなかいい。ただ、たまたま仕事のサイクル上の問題で、これを十分に使って使い心地を確認できるようなところまではいっていない。ユーザーインターフェースに愛想がない気がするが、これもまだまだもう少し使い込まなければわからないだろう。ということで、とりあえずは「デスクトップ検索がありました」という報告までかな。
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2006年09月05日

いったんGnomeに復帰

Xubuntu、Kubuntuをインストールしてから、どうにもUbuntu(つまりGnome環境)でもエラーが多くなった。なんとなく動きが遅くなったような気もする。余分なことをしたからだと後悔しても後の祭りだが、ともかくも日本語入力システムの設定エラーが多いのに業を煮やして、skimとそのプラットフォームであるKDE環境を削除することにした。ついでにXfceも削除することにする。synapticを使うと、これらの削除は簡単だ。例によって、Xubuntuの削除はインストール同様に一瞬(数分)で終わったが、Kubuntuのほうは20〜30分かかっただろう。Xubuntuが軽いというのは体感できなかったが、こういうのを見ると、確かにシンプルで、その分軽いのだろうという気はする。ということで、大半はもとに戻したのだが、KDEのアプリケーションで使いたいものもあったので、それは残しておくことにした。Gnome環境でもある程度は使えそうだったから。たとえば、Kubuntuをインストールすると、「フォントのインストール」というアプリケーションが設定メニューにあらわれる。これがあれば、これまでどうしてもコマンド入力で対処しなければいけなかった数少ない場面のひとつが、GUIで行えることになる。これは嬉しいから是非残したい(ただ、やっぱりKDE環境とともに消えてしまったようでもあるけれど)。KwordやKwriteといったワープロ・エディタはそのまま使えるようだし、ブラウザのKonquorも、Firefox以外の環境ということで利用するつもりだ。そんなことを考えているから、システムがどんどん複雑になってしまうのかもしれないけれど。しかし、Xubuntu、Kubuntuを削除しても、起動時のスプラッシュはあいかわらずXubuntu、終了時はKubuntuになるのはなぜなんだろう。構わないけれど、不可解だなあ。いずれXubuntuには再挑戦したい。いつの日かはわからないし、そのころには私のハードウェア環境もUbuntuのバージョンもどうなっているかわからないけれど。
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2006年09月04日

XubuntuとKubuntu その2

Xubuntuは、それなりにいい環境かもしれない。環境の設定は、たとえばキーボードの細かい設定ができないことのようにUbuntu(Gnome)環境の方が便利なところもあるが、ウィンドウの外見をさまざまなパターンから選択できることのように、Xubunntu(Xfce)の方が便利なところもある。優劣ではないように思う。全体的なセンスは、Xubuntuのほうが垢抜けているように感じる。しかし、おそらくUbuntu、Kubuntuと同居させたせいで、噂のスピードは実感できなかった。さらに、既にUbuntuの環境に慣れてしまっていることと、キーボードの設定がどうしても気にくわないことの2点から、Xubuntuを使うべきかどうか迷っていた。迷っていたところにデスクトップが表示されないという大エラーが出た。それを機会にUbuntu環境に戻ることにした。ところが、Ubuntu環境が、XubuntuとKubuntuをインストールしたことで影響を受けてしまった。大した変化ではなかったのだが、たとえばメニューの表示のフォントがKDEの影響を受けて変わってしまった。これはKDEに入って設定し直すしかなかった。しかし、それはまあ、たいしたことではないだろう。もっとも苛立たせられたのは日本語入力のscimがskimになってしまったことだ。いや、それだけだったらまだよかったのだが、このskimの設定で、私が馬鹿なことをしたのがその苛立ちに拍車をかけた。私は個人的な好みとして、入力システムはバックグラウンドで働いてもらった方がいいと思っている。ツールバーや入力パレットは、できるだけ表示せず、キーボードショートカットで操作する方が好きだ(なぜなら操作中は指はキーボードの上を走っているのだから)。そこで、skimの表示設定を次々オフにしていった。すると、設定メニューを起動する方法がなくなってしまった。馬鹿なことだなあと思う。しかし、環境をあちこち切替えたことで、入力システムの使い勝手が少し変わってしまったのを戻そうと思ったら、どうしてもskimの設定画面に入らなければいけない。しかし、それがどうしてもできない。skimはもともとKDE環境のものだ。Gnomeで使うなら必要がない。しかし、これをオフにする方法もわからない。KDEに入ってみれば別の方法で設定がやり直せるかなと思って何度かKubuntuに行ってみたが、やっぱり操作できない。そうこうするうちに、skimの調子がおかしくなって、日本語変換そのものができなくなってしまった。これでは仕事にならない。頭を抱えてしまった。そのうちにツールバーの表示までおかしくなる。いろいろと試行錯誤をしたのだが、結局最終的な解決方法は、Homeフォルダに行って隠しファイルを開き、あちこち探してskimの初期設定ファイルを発見し、それを削除することだった。またまた無駄な時間をつぶしてしまったのだが、それから現状復帰のためのカスタマイズで、また無駄な時間をつぶした。最終的に、メニューバーの電源の表示だけは、どういうわけか復活しなかった。ともかくも、無事Gnomeに戻って、「なあんだ振り出しに戻る」じゃないかということになった。より使いやすい環境を求めてXubuntuとKubuntuを試してみたのだが、単純に「試した」ということだけに終わってしまったわけだ。けれど、この試用は、それなりの痕跡をとどめることになった。まず、(これは気のせいかもしれないが)、なんとなく全体に動きが遅くなったような気がする。もしもUbuntuの体感速度がMacOSと比べて早い原因がソフトウェアのシンプルさにあるのだとしたら、ごてごてと多くのアプリケーションをインストールしたことがマイナスに働いているのかもしれない。いっぽう、それまで使えなかったKDEのアプリケーションが、Gnome環境でも使えるようになったのはプラスの効果だろう。ブラウザのKonquereなど、いろいろなアプリケーションがある。以前は日本語が使えなかったKDE系のアプリケーションでも、skimのおかげか日本語入力ができるようになっているようだ。そのほか、終了時にGnomeでもリジュームが働くようになった。これは、設定のオン、オフができないので、嬉しい半面面倒なことになるかもしれないという予感はある。とりあえずはプラスの変化かなと思う。ひとつ、どうでもいいが大きな変化は、電源投入後の起動画面が、UbuntuではなくXubuntuのものに変化してしまったことだ。OSの根っ子の部分は共通しているからどっちでも同じなのだろうが、なんとなく違和感がある。そのうちどこかの設定で戻せるだろうとは思っている。
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2006年09月03日

XubuntuとKubuntu

Ubuntuには、Kubuntu、Edubuntu、Xubuntuというファミリーがある。このうち、Kubunuはデスクトップ環境をUbuntuのGnomeではなくKDEに変えたもの、XubuntuはXfceに変えたものである。Ubuntuをインストールしたすぐあとに、「デスクトップはGnomeよりもKDEのほうがいいよ。アプリケーションも多いし」というような話をどこかで見掛けていた。また、「XubuntuのほうがUbuntuよりも、古いパソコンではずっと早い」という話も聞いていた。だから、UbuntuではなくKubuntuかXubuntuを入れてみたいという気持ちはずっとあった。けれど、せっかくUbuntuで順調にいっているのに、余計な手を入れたくなかった。別のOSだから、新規インストールが必要になると思っていたのだ。ところが、だんだんUbuntuに慣れるうちに、これらのちがいはデスクトップ環境だけのちがいでその他の部分は共通しているから、UbuntuにKubuntu-desktopをインストールすればそれだけでそのほかのファイルをいじることなくKubuntuを起動できることを知った。Xubuntuに関しても同様に、Xubunutu-desktopをインストールする。インストールには、いつも使うsynapticを使えばよい。面倒なコマンドラインの入力は不要だ。そこで、まずXubuntuをインストールしてみた。これは一瞬(実際には数分)でできる。いったんログアウトし、「セッションの選択」に行ってみると、これまでなかった「Xfceでログイン」という項目ができている。ここから入ると、ネズミが走り回る起動画面が出て、Xubuntuになる。デスクトップ環境は、基本的にはGnomeとそれほど変わった印象は受けない。入力システムもそのままscimが使えるし、Gnomeでインストールしたアプリケーションもすべて同様に使える。フォントその他のアピアランスをカスタマイズして、すぐに実用的に使うことができた。軽いのかどうかは、少しぐらい使った程度ではわからない。慣れないせいか、画面の切替えが少しまだるっこしいように感じる。いいなと思ったのは、ログアウト時に開いていたアプリケーションを記憶しておいて、次回のログイン時にリジュームしてくれる機能がデフォルトになっていることだ。最近は息の長い仕事をやっているので、いつも同じファイルを開いていることが多い。終了したあと、同じファイルをいちいち開くのはめんどうだった。これなら、ログイン後にしばらく放っておいたら同じ状態が再現される。XubuntuにはGnomeではサポートされていないハイバネートの機能も終了オプションにある。これはいいやと思って試してみたが、私のハードウェアではやっぱりサポートされないようだ。これは残念。さて、次に、再びGnomeからログインし、Ubuntu環境でsynapticを使ってKubuntu-desktopをインストールする。こちらはインストールにけっこう時間がかかる。いろいろと設定で聞かれることもある。またログアウトし、再ログインすると、KDEでログインというオプションがあらわれている。そっちから入ると、Gnomeとはずいぶん異なったデスクトップ環境があらわれる。そういえば、これは産総研のKnopixxの雰囲気と似ている。あれをのぞいたのはもう数年前だが、あれもKDEだ。Kubuntuは、確かになかなかいい感じだが、ちょっと慣れるのに時間がかかりそうなので、当面は使わないでおくことにする。アプリケーションの数も多いので、先々使ってみてもいいかもしれない。ログアウトしようとすると、リジュームをする。ただ、これはXfceとちがって、リジュームしないでログアウトという設定がない。これでは、あまり面白くないことが起こるかもしれない。さて、それでは外見があまりGnomeと変わらず、軽いと噂のXubunutでも使うかとXubuntu環境にログインして、仕事をしばらくしていた。ところが、ある時点でデスクトップの表示が急におかしくなった。さらに、scimの表示がいつのまにか見慣れないアイコンに変わっている。skimということだが、これはKDE環境の入力メソッドらしい。KDEをインストールすることで、ほかの環境にまで勝手に進出してきているらしい。そのほか、メニューのアプリケーションも急に増えた。KDE環境固有のアプリケーションでも、ほかの環境で使えるものが、Kubuntuのインストールで増加してしまったわけだ。うれしいようでもあるが、ややうっとうしくもある。というのは、Xubuntuが噂ほど早く感じないのだ。3割ぐらいは早くなるという話だが、どうもそんなありがたさは感じられない。あくまで推測だが、もともとGnome環境が入っていた上に、KDE環境も追加されたわけで、ごてごてとたくさんのプログラムが入っている。それで、ごてごてする分だけ重くなってしまったのではないだろうか。さらに、Xfce環境では、キーボードの設定がPC98設定にできない。以前報告したように、これができないと、いくつかのキャラクターのキーアサインメントがずれてしまう。これはいちいち神経に触る。ともかくも、不満を抱えながら仕事していると、突然、デスクトップの表示が行われなくなってしまった。いろいろやってみたが、使えない。そこで、最終的に、もとのGnome環境で仕事をすることにした。しかし、ここからがトラブルの連続だった。詳細は次回にでも書くことにしよう。
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2006年09月01日

フォントのインストール ─ 今度は合法的に

Macintoshで使い慣れたフォントのインストールはあきらめたが、それでもフォントが各種あった方がうれしいのには変わりない。そこで、フリーのフォントがないか探していたら、Windows用に毛筆フォントがあるのがわかった。青柳衡山フォントで、行書や草書などがそろっている。Windows用ではあるが、別にUbuntuで使うことに著作権上の差し支えはなさそうなので、ダウンロードしてインストールさせてもらった。Windows 用のインストーラーは使えないので、フォントファイルを解凍して、それをTerminalのコマンドmvを使ってフォントフォルダに移動してやる。このとき、ファイルひとつひとつを移動するのではなく、フォルダを作っておいてそのフォルダごと移動してやれば手間がかからない。とりあえず日常に使うことはなさそうだが、このフォント、挨拶文でも書くようなときに活用させてもらうことにしよう。このとき、フォントフォルダを開いたついでに、普段使わないフォントのセットをいくつか、フォントフォルダから移動させてもらった。あまりにも使用可能なフォントが散らかりすぎて、うっとうしかったからだ。
Ubuntu はユニバーサル対応だから、各国のフォントが入っている。しかし、たとえばタイ語のフォントはまず使うことはないので、あるだけ邪魔になる。さすがに削除するのも遠慮されたので、とりあえず差障りのないところに移しておいた。本当はアラビア語やキリル文字なんかについても整理した方がいいと思うのだが、どのフォントを整理すればいいのかをいちいち判断するのも面倒なので、まだかなり不要なものが残っている。まあ、ぼちぼちとやっていくしかないだろうな。
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