2006年06月30日

日本語環境の完成 ──とりあえず

Ubuntuの優れたところは、ほとんどがデスクトップからのGUIで操作ができるところだと思う。synapticを使ったscim-anthyのインストールにしたところで、参考にしたサイトは事後処理としてスクリプトのコマンドライン入力が必要だと書いてあった。しかし、Ubuntuではそれは必要なかったようだ。すぐに「設定」メニューの「SCMI入力メソッドの設定」を行って、日本語入力ができるようになった。もちろん最初は戸惑った。まず、scim-anthyの起動、切替えが、GUIではなく、ショートカットキーに割り当てられている。ところが、Macキーボードのせいなのか、ショートカットキーがうまく作動しない。キーの割り当てを変更してうまく操作ができるようになるまでにだいぶ焦らねばならなかった。そう、結構難関だったのはキーボードの設定だった。Ubuntu日本語サイトには106キーボードの使用のためにコマンドラインを入力する必要があるように書いてあるが、実際にはこれも「設定」メニューから行うことができる。ところが、日本語キーボードを使う設定にすると、カナ入力になってしまい、ローマ字変換ができない。英語キーボードを使うことにするとこういった問題は生じないのだが、括弧類のキー配列が微妙に違っていて、入力のミスが起きやすくなる。
余談だが、キー配列の違いは古いMacを使っていたときにも経験しているから、慣れれば何ということはないのを知っている。けれど、気持ちのいいものではない。このキー配列の問題は、キーボードの設定をNEC98シリーズの設定にすることでかなり改善した。いまだに微妙な違いや使えないキーはあるが、どうにかこうにか使用に耐える。Anthyの設定でローマ字変換に割り当てるキーを変えることでさらに多少は改善したからよしとするしかなかろう。とにもかくにも、日本語変換は、scim-anthyの組み合わせで問題なく稼働するようになった。そして、これに関してははっきりいってMacの「ことえり」よりも快適だ。ことえりの馬鹿さ加減は昔から定評があり、私自身、古いPC98の一太郎(Atok)からMacに乗り換えたときには呆れ果てたものだった。OSXになってかなりよくなっているとはいうものの、日本語変換に関してだけはWinの方がましだと思う。もちろんAtokを入れれば完璧だが、結構これが高いので手が出ない。scim-anthyは、Win程度には変換のストレスが少ないと思った。
いちおう、(昔Atokでも似たようなことをやっていたが)、Macのことえりに慣れ親しんだ私は、キーのアサインメントをことえり風にカスタマイズした。こういったカスタマイズができるところも、かなり賢いといえる。ここまでくれば、日本語環境を完成させるのは簡単である。synapticの使い方はすっかりわかったから、FirefoxとThunderbird、OpenOfficeをsynapticで検索して、それぞれチェックマークを入れて「適用」ボタンを押すだけである。こうやって、ようやく仕事にかかれるようになった。とりあえず、慣らし運転として、ブログでも始めたのが昨日のことである。1日でかなりいい感じになってきたな。
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問題は日本語 その2

Ubuntuの日本語チームの組んだパッケージをインストールすることはできなかったが、なんらかの日本語入力メソッドを組み込むことはできるはずである。Ubuntuの設定メニューを見ていると、「SCIM入力メソッドの設定」というのがあって、日本語を選択することもできる。けれど、これをいじっても、日本語入力はできない。何か別の方法が必要なようだ。かすかな記憶ではLinuxにはuimという日本語入力のためのソフトがあるはずだ。そんなあいまいな記憶から検索をかけると、そのほかにもCannaやkinputなどのソフトがあるようだ。
しかし、これらのソフトのサイトに行ってみても、インストール方法がわからない。Macの感覚だと、新しいソフトはサイトからダウンロードして、そのまま走らせるか、インストーラーを走らせてインストールする。だが、Linuxの世界では、どうもそういうことではないようだ。コマンドラインの意味不明な世界が解説してあったりして、どうにも素人には近づけない。弱ったなと思っていると、別のディストリビューションで日本語入力メソッドのインストールを解説してあるものを見つけた。scimとanthyの組合せだという。
http://juntake.dion.jp/server/Linux_client/no0/tips14/Tips14.htmlこれを見て、あっと思った。インストールにsynapticを使っている。前にも書いたが、ここでようやくはっきりと確認できた。(私のような素人にとって)Ubuntuではインストールは必ず「システム」の「システム管理」メニューにある「synapticパッケージマネージャ」を使わねばならないということだ。逆にいえば、このパッケージマネージャに登録されていないアプリケーションをインストールしようとしても必ず失敗する。ここに登録されているものだけが、Ubuntuで使えると(少なくともいまのところは)考えた方がいいようだ。synapticを立ち上げ、メニューをじっくり見ると、検索があった。これだ。インストールしたいソフトであるanthyを検索すると、ちゃんとリストに載っている。あとの操作は実に簡単。マークをつけて、「適用」のボタンを押すだけである。実際には、(何がどういけなかったのかいまだに理解できないのだが)、いったんscimも再インストールする必要があった。その上で、「システム」の「設定」メニューにある「SCIM入力メソッドの設定」を適当にいじるとやっとのことで日本語入力ができるようになった。半ばあきらめかけていただけに、このときの喜びは大きかった。
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問題は日本語 その1

MacへのUbuntuのインストールは、パーティションを切るところで苦しんだものの、結局はいちばん簡単なデフォルトでやれば何ということもなく終えることができた。多大なロスタイムを含まない実質のインストール所要時間は1時間というところだろうか。さて、時代遅れになりかかっている私のiBookはどうにかこうにかUbuntuで走り始めた。このパッケージには、最初からブラウザ、メーラー、オフィススーツ、画像、映像ソフトなど、通常の作業に必要なソフトは最初から揃っている。各種ユーティリティも豊富だし、私には関係ないがゲームも一そろい揃っている。だから、インストール後すぐに仕事にかかれるはずだった。ただし、それは英語圏の人の話である。日本人には、日本語環境が必須である。Ubuntuは最近のたいていのOSと同様に、ユニバーサル仕様になっている。インストール時に日本語を選択すると、そこから先は基本的に日本語がOSの言語となる。だから、インストール時のダイアログもかなりの部分は日本語だ。フリーのソフトにしては翻訳もそれほど悪くない。起動すると、メニューバーも日本語で表示されている。これはうれしい。しかし、アプリケーションは全て英語版である。私はFirefoxやThunderbirdはバージョンの関係で英語版を使うことが多かったからそのまま英語版を使っても構わないといえば構わないのだが、同じ英語版でもLinuxのものはWinのものと同様にどうも見た目がよくない。できれば日本語版を使いたい。OpenOfficeに関しては、日本語版でなければ面倒だ。なじみのない機能が多すぎるから。それ以上に、大きな問題なのは、日本語の入力ができないことだった。ユニバーサル対応だから、日本語フォントは入っていて、日本語を読むことはできる。けれど、日本語を入力することはできない。これでは困る。仕事にならない。実際、早速メールは受信できたものの、返信することができずに焦ってしまった。どうやれば日本語入力環境ができるかをWeb検索かけようと思っても、検索語が入力できない。しかたないから英語で検索し、あがってきた日本語の単語をコピーして貼りつけるしかない。もっとも、最初から作戦は立ててあった。Ubuntuの日本語サイト
http://www.ubuntulinux.jp/
に、英語サイトからダウンロードしたCDでインストール後に日本語版と同等にする方法が書いてあったからだ。これを書いてある通りにすれば、何の問題もなく進行するだろうと思われた。Linuxが一般ユーザーにとって敷居が高いのは、もともとそれがコマンドラインで動くシステムであり、MacやWinのようなGUIだけでことが済むわけではないことである。このサイトにも、コマンドラインを使う方法が書いてあった。それをそのとおりに実行したのだが、後になって、この操作はUbuntuに関してはGUIで行うことができたことが判明した。実際、Ubuntuではコマンドラインを使う必要は、(いまのところ)まったく感じられない。MacやWinと同様に、かなり完成度の高いGUIなのだ。
ただ、それでもこのときコマンドラインの使いかたを少し勉強したことは、後になって多少役に立ったかもしれない。ともかくも、日本語環境にするためにコマンドラインを打ち込んだのだが、ここでサイトにさらっと書かれていた「パッケージを更新する」ということがどうやればいいのかわからない。ああでもない、こうでもないとかなり悩まされることになった。結論からいうと、Ubuntuの場合、新しいアプリケーションのインストールは、全て「synapticパッケージマネージャー」というアプリケーションから行う必要がある。もちろんLinuxの常としてコマンドラインから行うこともできるのかもしれないが、それは素人にははかり兼ねる。メニューバーの「システム」→「システム管理」のいちばん上にあるアプリケーションを起動すると、インストール可能なアプリケーションの一覧がでてくる。ここを操作することが「パッケージの更新」にあたるわけだ。そこで、さっそく日本語版のパッケージを更新しようとしてみたが、エラーがでてしまった。どうやら、やはりこれらのアプリケーションの中にMacのPowerPCに対応していないものが含まれているらしい。結局、日本語版チームの努力はMacにはまったく向けられていなかったわけだ。Macを使うことで何度も味わってきた少数派の哀しさである。私は途方に暮れてしまった。やっぱり素直にIntel Macを買うべきなんだろうか。
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2006年06月29日

まずはインストールから

なぜUbantuがネイティブのMacOSよりも早く動作するのか、コンピュータの専門家でない私にはわからない。想像できるのは、多様なユーザーを想定しすぎて重くなったMacOSに比べて、機能をしぼることができるLinuxのほうが余分なプログラムを起動させないぶんだけ早いのではないかということだ。稼働しているプログラムが少なければそれだけCPUやメモリに対する負荷が小さくなって、貧弱なハード仕様でもそれなりに動くということではないだろうか。ともかくも、古いiBookの上で動くMacOSは限界にきていた。別なOSを試してみる価値は十分にある。UbuntuのインストールにはCD1枚あれば足りる。このCDは、Ubuntuの公式サイトからダウンロードできる。
http://www.ubuntu.com/
このCDはかつてのMacがそうだったように、CDから起動していろいろな作業を行うことができる。だから、とりあえずCDから立ち上げて、いちおうシステムがまともに動くことを検証することができた。このインストールCDだが、哀しいことに私のiBookでは焼くことができない。そこで予備に置いてあるWinのデスクトップでダウンロードして焼いたのだが、どこでどう焼こうと問題はなかったようである。ただし、iBookのCDドライブは相当にガタがきているので、読み取りエラーが以前から多い。従って、CDからの起動では、その後、何度か動作が極端に遅くなるというトラブルが発生した。インストール以前にバックアップをとるわけだが、この話はそれはそれで長くなるので機会があればということにして先に進む。いったんiBookのHDを消去して、クリーンインストールをすることにした。これがもしMacにインストールするのでなければ、最初から日本語版が使える。
http://www.ubuntulinux.jp/
しかしこれは、PC機しかサポートしていない。そこで、オリジナルの英語サイトで配布しているCDを使わなければならなかったわけである。やはりここでも、Macは少数派である。さて、インストールはMacでおなじみの手順、すなわちCDドライブにインストールCDを入れておいて、「C」キーを押し下げながら起動すると、CDから立ち上がる。立ち上がって出てくるデスクトップ上にあるインストーラーをダブルクリックすればいい。CDから立ち上げている関係で動作は緩慢でいらいらするが、他の仕事をしながら気長に進めるしかない。6枚のダイアログ画面で、基本情報の入力やHDのパーティショニングをおこなうことになる。ユーザー名に大文字を使ったらエラーが出るとか、そういった不慣れなことからくるタイムロスを越えて、5枚目のダイアログであるHDの準備にたどり着く。ここが難問だった。というのは、古いMacのデータを移したいのとやはり不安があるため、MacとUbuntuのデュアルブートにしたかったからだ。そのためには、MacフォーマットのパーティションとUbuntuが使う「ex3」(拡張形式の3番ということらしい)という聞き慣れないフォーマットのパーティションの両方を切っておかねばならないからだ。これに加えて、どうやらLinux形式のswapスペースとしてのパーティションが必要らしいが、いったいなんのことだかわからない。
幸いにパーティションを切るソフトはわかりやすく、簡単に操作できるのだが、どういうわけかMacの拡張フォーマットが選択できないようになっている。しかたないので、標準フォーマットを切るが、これだと2Gしか容量がとれない。デュアルブートにするにしても、OS9までということになるだろう。ともかくもパーティションは切ったのだが、そこから先の操作がよくわからない。てきとうにえいやとやるとエラーメッセージが出る。そこを強行してインストールしたら、結局インストールは完了したものの、起動はしなくなってしまった。しかたないので、何度か似たような操作をいろいろと試行錯誤してみたのだが、ダメ。どうやらブートローダーを入れるパーティションの問題らしいのだが、それをどう扱えばいいのかわからない。最終的に、ギブアップして、パーティションを切らずにデフォルトのインストールを行ったら、なんとかうまく通った。しかし、これではデュアルブートにはならない。おそらく、最初にパーティションを全て潰しておいてから、もうひとつのオプションにあった空き領域の何%をパーティションとして使うかの指定を行ってインストールすればよかったのだろうと思う。使わなかった部分は、後でパーティションを切れたのではないかという気がするからだ。しかし、後の祭り。ともかくも、こんなふうにして、インストールは完了した。しかし、そこからがまだまだ苦難の連続だった。
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きっかけはIntel Mac

仕事柄ずっとMacを使ってきて、他のOSに乗り換えることなど考えもしなかった。一時的にWindowsをしごとで使わねばならない時期が2年ほどあったが、そのときにXPのアホさ加減にはほとほと嫌気が差していた。OS8.6からOSXに乗り換えたときにはずいぶん戸惑って、「これならWinとたいして変わらないじゃないか」と思ったときもあったが、使い込むにつれその魅力に以前以上の虜になった。やっぱりMacはたいしたものだと思ったし、その後ますますWinとの差は大きくなっていると思う。けれど、素晴らしい機能に満足して使いつづけられないのが現代のパソコンの運命だ。自分はよくても、周囲の環境がもっと早い機械、もっと高性能のOSを求めるようになっていく。中古で譲り受けた500MHzのiBookは、もともと最初からOSXを走らせるには遅すぎた。それでも我慢して使っていたのだが、やがて限界を感じるようになった。たとえば、世間のWinユーザーが勝手に標準と決めているDoc形式の文書が横行するようになって、Docの読めるアプリケーションを入れる必要が出てきた。OS7.5時代から使っているMac版のWordがあるにはあるのだが、Unicodeに対応しないなどの不自由がある。代案としてOpenOfficeをMacで走らせるというのがあって、特にNeoOfficeは素晴らしいオープンソースのソフトである。ところがこれを私の機械に入れたら、這いずるように遅い。以前使っていた1GのiBookならなんとかなったのだが、これではいかんともしがたい。たとえば、ブラウザやメーラーには、Firefox、Thunderbirdといった名品が出回っている。インターネット初期にNetScapeから入った者としてはこれらのフリーソフトはうれしい贈り物で、発表と同時に乗り換え、愛用してきた。ところがこれらのソフトのアップデート版は、OSXの10.3以上の対応になってしまった。私の機械に10.3を入れたら、とんでもなく動作が遅くなるだろう。10.2.8が限界である。数々の魅力的な新しいソフトが、機械的な限界で対応しなくなる。だんだん嫌気が差してきていたところに、Intel版のMacの発表である。昔気質のMacファンとしてWintelの名前にはまったく魅力を感じなかったのだが、実際に評判は素晴らしくいい。いよいよ乗り換えの時期がきたと、普及版であるMacBookの発表をいまかいまかと心待ちにした。そしてようやく私にも手の届きそうなMacBookが発表になり、さあ買い替えようと思って、躊躇した。単純に、金がない。無理して出せばないわけではないが、やはり15万は大金である。出さずに済めばそれにこしたことはない。買いたい、けれど買うには金がないと迷いつづけながら、毎日のようにIntel Macの評判を読みつづけた。いろいろな意見があっても、否定的なものはほとんどない。やっぱり買うしかないかと思っていたときに、真向から否定的な意見を書いてあった記事がひとつあった。それは、「新しいMacはたいしたことがない、これなら同じ価格帯のPCを買う方がよっぽどいい。長いことMacを使いつづけてきたが、Macにはさよならをいおう、そしてUbuntuこんにちわ」というものだった。Intel Macに対する否定的な意見は他に余りないし、この記事にしたところで、どこがどうよくないのか具体的なことは書いていなかったので、私のIntel Macへの憧れに変化はなかった。しかし、Ubuntuという聞きなれない言葉は気になった。いったいなんだろう。検索をかけると、ここ数年、人気が急上昇中のLinuxのディストリビューションだということがわかった。古びたマシンにLinuxを入れると軽くなって再生するという話は昔からよく聞いた。なるほど。サイトに行ってみると、なかなかよくできた紹介がある。そして、このOSにはPower PC版もあるということがわかった。さらに検索を進めると、時代遅れのiBookをUbuntuで再生させた話がぞくぞくと出てくる。ひょっとしたら高い投資をしてIntel Macを買わなくても済むかもしれない。ちょっとした色気が私に出てきた。もちろん、最終的にはこの500MHzのiBookは使いつづけられないだろう。それでも、あと数ヵ月、もうちょっと懐具合に余裕が出るまで、Ubuntuを使えばIntel Macまでの時間を稼ぐことができるのではないだろうか。それができるかどうか、とにかくやってみようと思ったのが半月前である。
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とりあえずスタート

このブログは、Macintosh信者である私が、一時的にMacに見切りをつけて(?)LinuxのディストリビーションであるUbuntuを試用している期間の実況生中継的日記です。悪戦苦闘の末、とりあえずUbuntuのインストールに成功したので、そのプラットフォームから試運転を兼ねての書き込みということになります。さて、私はMacへの信仰を捨てられるのか? それともやはり使い慣れたMacへと戻っていくことになるのか、それは神のみぞ知ることになります。
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